《男泣きスイッチ》が……!!!
もともと、トールキン教授が自分の子供たちのために作ったお話だし、ひらがなの多い児童書(基本的には)だし、でもって『指輪物語』の“前日譚”にあたるものだし。「ま、大体こんなもんでしょ」、ってなイメージが、おそらく、未読の方の頭の中にはできているものと思う。それゆえ、なんとなくまだ手が出ない……、という方も、少なくないのだろうが。さて。今回オレは『指輪』の映画三部作をすべて観た上で、この物語に臨んだわけだが、突然、まったく思いがけない箇所でブワッ、と涙があふれ出してきて(それも、いくつもの場面で)、自分でも驚いてしまった。後半(少年文庫版の“下巻”)など、予想もしなかった展開で、クライマックスはもう《男泣きスイッチ》が入りっぱなしだった……。
ここでの主人公・ビルボ(フロドの養父)の旅は、もともと自ら望んだものではなかったし、時おりホッ、とできる部分もあるが、ひたすらにつらく苦しく長い。共に旅するドワーフたちのためを思って動いても、なかなか報われなかったり(山田太一のドラマみたいな感じ)。そんなビルボの心情に寄り添って読んでゆくと、しかもその時、給料日前だったり精神的にシンドい状況下だったりすると、余計に“来る”ものがあるのではないだろうか。魅力的なキャラも多く登場するが、中ではバーリン(ギムリのいとこ)がカッコよかった。マックィーンかブロンソンか、そんな男気全開キャラだ。
なお、『指輪』三部作を作りあげたピーター・ジャクソン監督は、この『ホビット』の映像化について、かなり前向きであるときく。権利関係が複雑なのに加え、監督自身も『キング・コング』のリメイクに続き、ベストセラーの映画化『ラブリー・ボーン』と、新作が続々決まっているが、何にしても、いつの日か理想的な形で『ホビット』の世界が眼前に現われることを、今はひそかに願っている。
わがバギンズ君
ご存知の通りビルボ・バギンズのゆきて帰りし物語ですが、ビルボが自立し始めるころから「わがバキンズ君」という表現が出てくるようになり、
一層物語に、ビルボに引き込まれていきました。
子供向けではあるのでしょうが、大人が読んでも充分楽しめます。
指輪物語では多少気になった邦訳も、本書ではそのようなこともなく読むことができました。ひらがなが多く単語の区切りが判り難い面は
ありましたが。
多数出版されていますが、装丁、邦訳という面で本書が個人的にはお薦めです。時代としては指輪物語の前になりますが、どちらから読んでも楽しめることには間違いありません。
また指輪物語の冒頭にある「ホビットについて」で挫折された方は、かわりにこちらを読むのも良いかもしれません。
以下これから読まれる方へのアドバイスです。
ビルボの役割として「忍びの者」と訳されていますが、別の方が書かれているように原語では、盗人の意味もあります。
これを念頭に置いた上で読み進めていかれると「本当に泥棒になってしまう」「正直な忍びの者でありたい」と語るビルボが一層「すてきなひと」
と思えることでしょう。
2版の決定版
最終的には4版まで改訂された『ホビットの冒険』だが、これは日本版底本の2版のままである。なので、内容に『指輪物語』との若干の相違がある。が、これを日本版の決定打といわずしてどうしよう。英国初版出版時の表紙に挿絵はトールキン本人の手になる。馴染み深い瀬田訳は日本語の柔らかさを改めて感じさせ、余計なものはそぎ落とされた、ただ中つ国のちょっとのどかな冒険活劇を楽しむためのエディションではないだろうか。実際、少年文庫版も持っているが、このエディションが出て以来、こちらばかりを手に取ってしまう。この本の持つ温もりが、つい、そうさせるようなのだ。
本というものの持つパッケージングの魔力を体現する一冊、それがこの『ホビットの冒険』のように思う。