ぶれない視点の見つめる先に
この本は1927年に著者がイタリアを旅行した時に、妻に宛てた手紙を元にした本らしい。だから実際には75年以上も前の記述なのだが、全く古びた感じがせず、間違いなく現代にも通用すると思う。巻末の解説でも触れられているように、下手に写真に頼ることができない時代の記述だからこそ、文章それ自体の表現が色あせないのかもしれない。 さらに読んでいて気付かされるのは、著者の視点が全くと言って良いほどぶれない、ということ。豊かな知識(日本文化だけでなく西洋文化も)に裏打ちされた終始一貫した見方で、どれほど名の通ったルネサンスの巨匠の作品であってもその名前に気圧されることなく、素晴らしければ賞賛して、気に入らなければ批判する。…その目は間違いなく「日本人」の目であることを感じさせる。芸術や建築だけでなく風土習俗の描写でも、日本のものとの対比が随所になされていて、特に気候や自然に関しての比較が鮮やかで印象に残った。…あ、比較的簡素なものが好きな様子なんかは、今の日本人も変わっていない様子。
実は、和辻哲郎については名前を知っている程度で、業績などは巻末の解説を読むまでなにも知らなかったが、著作に『古寺巡礼』や『風土』があることを知って、その視点のあり方が納得できた。残念なのは著者がベネチアで病気になってしまって、ベネチアの記述が薄いところかな。
いつかイタリアへ行くときに、忘れずに持って行きたい一冊。
もっと早く読めばよかった
この本は著者がイタリアを中心にヨ-ロッパを旅行していたときに
日本へ宛てた私信を集めたものである。イタリア美術紀行と言って
よい。ロ-マ、ナポリ、シチリア、アシシ、フィレンツェ、ボロ
-ニャ、ラヴェンナ、パドヴァの美術館が中心となっている。惜しい
ことにヴェネチアで著者は病気にかかってしまい、この方面の記述は
ほとんどない。著者の批評はたとえ相手が名だたる大家であっても鋭くばっさり
と切り込む。もちろん、ほめるときは激賞する。
西洋美術を日本人が見るとこう考えるのかと同じ日本人である
読者は共感するに違いない。美術品自体は著者が見たものと同じ
ものを我々は見ることになるので、本書は古さを全く感じさせない。
現代でも十分に役に立つ。
もっと早!く本書に出会いたかった。
これを片手に美術館めぐりができればどんなによかったであろう
にと後悔することしきりである。
今も昔も
多くの方が、イタリアのすばらしさを堪能した経験をお持ちであろう。歴史に翻弄されながらも、ヨーロッパの中心であることに、違いは無い。そのイタリア旅行記である。しかも、70年以上前の記述である。しかし、今あなたが行っても同じイタリアを楽しめるにちがいない。私自身も和辻哲郎氏の辿った旅程を旅したことがある。しかし、勉強不足であった。こんなに深く、私自身は感じなかったことがとっても残念である。次回同じ旅程をたどれるのならば、この著作は必携である。もちろん、塩野七生氏の案内記も持っていくに越したことはないだろう。
今も昔も変わらぬイタリアにドップリ浸るためにも。