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ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)の商品レビュー 地域、民族の歴史を踏まえた労作
「民族浄化」やNATO軍による空爆などの悲惨な状況が、なぜ現代のヨーロッパにおいて生まれたのか。ボスニア内戦の構図を理解するのに有益な書。 民族自決の限界(同日一部修正)
1946年生まれのバルカン近現代史研究者が、ボスニア和平直後の1996年に刊行した本。ユーゴスラヴィアは、オスマン帝国とハプスブルク帝国の支配下にあった南スラヴ系諸民族が、第一次世界大戦に伴う両帝国解体を契機に、イタリアとの対抗上、セルビアを中心に統一国家を形成したものである。しかし、ユーゴはその多民族性にもかかわらず、「単一民族」の民族自決に基づく「国民国家」とされたため、主にクロアチア人から批判を受け、国王は独裁により民族主義を抑えようとし挫折した。1941年枢軸国の侵攻によりユーゴは分割され、クロアチア独立国が建国されたが、共産党のチトーを中心にパルチザン闘争が組織され、社会変革を実施しつつ、独力で対独戦争と内戦を戦い抜く。この過程でチトーは民衆の圧倒的な支持を受け、戦後まもなく建国された連邦制国家の下で、急速な社会主義化を進めたが、まもなくソ連と対立し、コミンフォルムから追放された。この厳しい状況下で、ソ連との対抗上ユーゴが掲げた政策が、自主管理と非同盟政策であり、60年代には市場メカニズムも積極的に導入された。しかし、それは結果として経済的な格差の拡大と、民族主義の台頭をもたらす。チトーは、セルビアの主張の抑制と党の積極的役割の強調により、連邦を緩やかに統合しようとするが、彼の死後の経済危機と、東欧変革の中での複数政党制による自由選挙は、民族主義を助長し、1991年連邦は解体した。しかし各共和国で少数派に転落するセルビア人はこれに反発し、まずクロアチアで、次いでボスニア・ヘルツェゴヴィナで内戦が勃発し、最終的にNATOの軍事介入を受けることとなる。著者はこのユーゴの経験から、民族混住地域での民族自決の不可能性と、帰属意識の多重化による民族意識の相対化の必要性を強調する。コンパクトに基礎的な事実が分かる。 バルカン地域の歴史が分かりました
ユーゴスラビアで戦争があったのは知っていましたが、何故おきたのかということに関しては知らないままでした。 ユーゴスラビアは何故崩壊したのか。セルビアだけが何故悪者になったのか
旧ユーゴが崩壊した理由を1800年代にまで遡って解説した本である。ページ数に制約がある新書の性格上、内容的には概略とどまっているのだが、初めて読む者にも理解しやすい内容となっている。 ルーマニアおじさん:ユーゴスラヴィアって?
この本は、最近話題になっているユーゴスラヴィア地域での政治的な動きを解説する体裁を取って書かれている。その中で、ユーゴスラヴィアを構成する各地域、セルビア、クロアチィア、モンテネグロ等の歴史や文化、そして言語に解説を加えている。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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