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エンデの話には、経済、エコロジ−、芸術、シュタイナー、と広く連鎖して行くその必然がわかる。 対話者の、子安さん母娘との、一種の錬金術的な出会いが感じられて、たいへん密度のある対話で、読む側も集中できる。 ところで、経験的にも共感したことをひとつ。「好き」なものを心底語れるというのは、他者にそれ相当の反応を引き出すものだろう。 もし自らの何の先入観も脇にどけて、それから相手の情熱を込めた話を無邪気にストレートに聞くなら、語られる世界が興味のある世界とは言えなくても、かれの「愛情」がもたらすものはあなたには恩恵であるだろう。 それは知識や情報の蓄積とは異次元であるので、語る技術や、また聞き手の冷笑的な態度とは無縁であるだろう。 ぼくらは他者に冷笑的な態度で、斜に向き合うことで、どれほど自らの精神を枯渇させているだろうか。とも思う。 エンデは、ある画家について、自らの開眼するきっかけになった短いトーク番組を観ていたときのことを話している。 それはこのように、テレビの中に登場する「相手」からも可能なものなのだ。 「私はあのテレビで学ぶところが、どんなに大きかったことか。 人間というのは、自分が愛するものについて語り出すと、しかもその愛する対象がほんとうにふさわしいものだとすると、ほんとうにみごとに語ることができるものです。 聞いていて退屈させられるのは、いつでも、人が何かをきらっているとき、あるいは批判しはじめるときです。 でも、自分に好きなもの、愛を傾けられるもの、について語るときは、聞き手をただちに引き込みます。聞き手もともにそのよろこびを分かちあいたいと思うからです。」