中年という季節
勿論中年という捉え方には、個人的な差が大きいものであろうと思う。個別に中年という状態を分析できるほど、その多様性は一般化できないものかもしれない。しかしながらそんなことをいっていてはいつまでたっても中年というアウトラインはつかむことができかねるので、中年を取り上げた小説の物語を追い、その登場人物から中年というものを考えてみる試みが本書である。そういう試みが中年を考えるよすがとなるとともに、非常に詳しい書評になっているのがこの本の大きな特徴だろう。本というものはこのように読むこともできるという、僕としては面白い発見にもなった。鑑みて、自分の中年という状態についてもなんとなく光が見えてくるような思いもして、気分的にずいぶん救われることになった。精神病とまではいかないまでも、中年の悲しさを捉えることで、自分自身の中年に対する処方箋になっているのは流石であると思う。 この本がいっているように人間にも季節の四季のようなことが起こりうる。いつまでも春でいることが必ずしも幸せというものではない。冬の厳しさが春の喜びも深めるように、あるがままにその季節を体験するという姿勢こそ、本当に深みのある生き方につながるということでは無いだろうか。
ここに面白い本がある。わかりやすくそして神妙な本があるのだ。
河合さんの本はどれも読みやすく面白い。それは現場を大事にする臨床心理学者だからなのだろう。要するに相手の顔を見ながら「わかる話」を延々と積み上げてきた経験ならではの語り口がすばらしいのだ。日本の財産だと思う。
箱庭療法や、対談など、彼の経験を生かした彼ならではのジャンルはみな面白い。そして、これ。これである。「中年クライシス」は有名な小説を選び、それをひも解きながら、彼の世界を語る彼ならではのジャンルだと思う。グリコアーモンドキャラメル(古いか)も真っ青の一冊で何度でもおいしい本なのだ。
題材となった小説を読んでいても読んでいなくても面白い。読んでいなければ読んでみようとも思うし、読んでいれば彼の提供するまた新しい視点に思わずほくそえんでしまうことに喜んでしまうだろう。
選んだ小説はみな一流の小説だ。そして彼の論評もそれに伍して冴え渡っているのだ。遠慮していないからなのだろう。読者は心地よいリズムとテンションに裏打ちされた舞台で、絶妙のリフとフレーズが織り成す極上のインプロビゼーションに酔いしれてしまうことになるのだ。
高名な小説を仮に立て、ただ思うまま吹いているだけなかもしれない。もしくは一流の小説が彼をして描き得ない何かを語らしめているのかもしれない。それはそれ、場をみつけたあたらしい真実がすこし姿を出してみたがっているのかもしれない。
つまりこういうことだ。
ここに読んで面白い本がある。わかりやすくそして神妙な本があるのだ。