大河ドラマ ヨーロッパ中世版
キャンペーンキャラクターがかわいくて(お風呂で読書する青いぬいぐるみ)、角川書店の文庫カタログをとってきたことから、思いもよらないすばらしい小説に出会うことができました。 原作は1986年で、ヨーロッパ各国で大絶賛、大ベストセラーとなっていたとのこと。読めばその理由はわかります。これまで日本で紹介されていなかったのが不思議なくらい、面白い作品です。著者はアメリカの元医療ジャーナリスト。
まず設定の奇抜さに意表をつかれます。舞台は11世紀、暗黒の中世まっただ中のロンドン。『都市は殺人装置』であった時代ですから、現在なら考えられないくらいあっけなく、人は傷病死します。一方、東方のイスラム圏では科学や医学が花開き光り輝いていますが、キリスト教の枠に縛られ、限定された商人しか行き来することはできません。
主人公は、修道院で教育を受けた母から愛情深く育てられたものの、9歳で両親が相次いで病死し、弟妹は離散します。渡りの外科医兼理髪師に拾われ、これがさいわいに腕利きで比較的良心的、達者な芸人、料理上手なグルメだったので、徒弟修行しながら立派に育ちます。
主人公には超常能力があり、手を握ると相手の生命力がわかります。瀕死の病人を助けたいと願ううちに、東方で修行を受けたユダヤ人の内科医が超絶的技術を駆使するのを見聞きし、イスファハンのイブン・シーナに憧れるようになり、ついにユダヤ人に化けてペルシアにもぐり込みます。ユダヤ人だけは両方の宗教圏で受容されていたからです。社会の下層で差別されながらですが。
西暦1000年頃の庶民の生活について、詳しい資料などありやしません。従って著者はできるだけ調べた後に、大胆に創作して生活と世界を描いているのですが、これが史実よりも真実に近いのではないかと思われるくらい、複雑な要素をみごとに展開して生き生きしています。ヨーロッパ、中世を舞台にした大河ドラマを見ているようです。
舞台の地域柄、宗教と人種の確執は避けられません。著者はユダヤ教、イスラム教の慣習を公平な態度で詳述し、読者はそれらを主人公と一緒になって、平静に尊重できる気分になります。
著者は今でも救急医療技師というだけに、医療の知識がしっかりしていて、安心して読んでいられます。梅毒がロンドン流行、と出てきて、これは間違えたのか?と腑に落ちませんでした。しかしよく勉強しているお医者さんに聞いてみたら、コロンブスがアメリカから持ってきたという有名な話だけでなく、別途ヨーロッパにやってきたという説もあるとのこと。著者はそこまで目が行き届いているわけです。
この本は「千年医師物語」と名付けられた三部作の第一部で、医師となるべき運命にある家系の千年にわたるエピソードという壮大な構想です。
