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私に文学的価値などはわからないのだが、この短編集の中では「春は青いバスに乗って」がもっとも楽しめた。残り三篇はいずれも独身男の貧苦と逆恨みと暴力と精液臭にまみれたおなじみの西村賢太小説で、それも悪くはないのだが、あまり立て続けだと飽きてくる。その点、横光利一の小説のタイトルをもじったこの短編だけがちょっと違うのだ。 居酒屋のアルバイトで暴力沙汰を起こした主人公は警察に逮捕され、拘置所暮らしをすることになる。そうした中、同じ部屋にいた男たちと交流が生まれる。むろんそれもほんの一瞬のことで、出所とともに関係は途切れてしまうのではあるが、孤独と怨嗟の吐露が続く西村氏の小説のなかでは珍しい展開で、さわやかな気分になる。「あとになってこのときのことを考えると、私は彼らに本当にすまない思いがする。いったいに私は子供の頃から友人が少なく、自ら人との間に垣根をつくってしまう悪癖があったが、彼らはここでは右も左もわからずオドオドしていた私に、仲間意識で随分と親切にしてくれたになあ、とひどく悔やまれたものだった」。発表時期を見ると2006年と2年前のものだ。西村氏もおなじみの路線ばかりではなく、こうした方向性の作品をもっと発表してほしい。