「英語の構えづくりの本」...?
この「構え」を獲得するために、英語の「名文の朗読」を「素読復誦方法で行う」のだという。それを通して、英語への「身体のモードチェンジ」をするだけではなく、「パブリックな場面で堂々と発信する、オープンな構えを獲得する」ことを提案している。そういう提案はそれで分かるし、有効な面もあるだろう。しかし、静かに座ったり、ゆったりとした音楽を聴いたり、しばしの仮眠をとることでも「英語の構えづくり」は可能だ。つまり、これもまた、深く呼吸したり、脳を活性化する方法になる。この本の方法は、保育園や幼稚園の朝の風景で、日常になっているものではないのか?お遊戯つきの歌を歌う、体を動かすこと、声を出すことで、「構え」を作っている。同様の方法は、児童英語指導者もまた日常的に使っている。その点で、特に目新しいものはこの本にはない。
「構え」獲得の方法、と言いながら、英語学習に踏み込んでもいる。いくつかあるが、果たしてどれだけの検証や理論に基づいたものなのか?「日本語の訳文を見て内容を頭に入れておく」ことで、英語の「内容がわかった状態」になるという。本当だろうか?きわめて疑わしい。
朗読者については、「世界最高峰の」と形容されている。何を基準にそういっているのか全くわからない。もしそうだとして、リピート用のポーズを入れてしまっては興ざめだ。「からだを揺さぶる英語」には程遠いものになっている。ポーズをカットすれば、すばらしい朗読に聞こえるのだろうか?が、これも甚だ疑わしい。
ところで、著者は身体論が専門だという、それはそれでこの本にも反映されているようだ。その面からもっと「本質」を突き詰めたらどうか。英語の学習に首を突っ込んで、『思いつき』の『ご披露』では、お寒い提案になってしまっているように思う。
これは英語ではない。
長年、英語を教えていて思うのですが、目で読んだだけでは英語のリズムが身につかないのは事実です。
だからと言って、これはひどい。
カタカナでふりがなをふったのでは、たとえば語尾のTを「トゥ」などと発音していたのでは、まったく英語にはなりません。
しかもそのふりがながまちがいだらけ…。まともな英語教育法を学んだ人が、こんな本を書くとは思えません。
まともな発声法を学んだ人が、「声に出して読みたい」シリーズを書くとは思えないのと同じように。