個人的には駄作
記憶喪失というどうやっても面白くなりそうな題材を
サスペンス的要素をほとんど無くして
主人公の心理的葛藤のみにクローズアップしてみたこの作品。
若干のSF的要素があるが、突飛なものでもなく極めて現実的に読めた。ただし、文章には大変にムラがあり、
どうでもいいところを長々と描写していたり、
もっと細かく知りたいところが一文で語られていたり、唐突だったりと
積極的に読み進めようという気になれずに
最後まで読むのにずいぶんと時間がかかってしまった。
それに加えて、物語のなかで大きく興味を惹かれる
軽いSFの実験部分に関する記述が詳細な割には、
イマイチ物語に組み込みきれていない為、まるっきり消化不良。
主人公の行動にも途中から共感がもてなくなり
結局なにかあるようでいて、なにもなかったような読後の感覚は
あまり人にオススメする本ではないように感じた。
第2作も期待できる新人作家
サムソン・グリーン、36歳。英文学の教授である彼は脳腫瘍の切除手術のあと、12歳以降の記憶をすべて失ってしまう。自分の職業も、母の死も、そして愛する妻との関係も、記憶からは拭い去られてしまう。
自らの存在の確かさを取り戻すために彼が向かった先は…。 私の好きな作家・鷺沢萠があるエッセイの中で、人間は家族や友人との楽しかった記憶がありさえすればそれを支えに生き続けることができる、という類いの言葉を綴っています。人間は日々様々な体験を記憶としてためながら生きていきます。その中に、人生には生きるだけの価値があると感じられた記憶があれば、何か新たな危難に対しても必ず立ち向かえるはずだというのです。
つまりは、記憶の束こそが人間を勇気付け、そしてまた確かに生きてあると確信させるものなのです。
しかしこの物語の主人公サムソンは記憶を失うことで自らの拠って立つ基盤をなくし、そして今後の指針すらも見出すことができません。彼が自らを取り戻すために参画した“実験”も、彼をさらに苦しめることはあっても救うことはありません。
大変丁寧な筆致で描かれたこの小説の中で読者は、人生の3分の2の記憶を失ってしまった男の焦燥、不安、そして孤独を、じっくりゆっくり、噛みしめながら同時体験していくことになります。自分の過去を失ったことによるやりきれなさともどかしさがぐいぐいと迫ってきます。その描きかたは見事で、これが著者の(小説としては)デビュー作であるとは思えないほどの練達ぶりです。
一方でこの物語には浮世離れしたSF的要素があり、そして必ずしも甘やかな終幕を迎えるわけではないので、受け入れ難いと感じる読者もいるかもしれません。
しかし、愛する妻アナとの最後のやりとりは、実に甘く切ないものです。この苦くも美しい最終章を私は何度も繰り返し読みました。
次回作が楽しみな新人作家の誕生だと思わせる小説です。