著者の誠実さは確かだが・・
著者は北朝鮮ウォッチャーとして、いまやすっかりお茶の間でもおなじみの存在だが、序章部分に出てくる次のような一節にはちょっと感動した。
「権力者や体制と関係ない一般の韓国人と朝鮮人の多くは、きわめて素朴で純情な同じ民族なのだ。北の朝鮮人も南の韓国人も、同じ民族であり、日本人と同じように温かい血の通う人間であるという考えが、日本での朝鮮半島論議には欠けていた・・」
人によってはナイーブ過ぎると思われるかもしれない。しかし、北朝鮮の工作国家としての一面をはっきり指摘する一方、いたずらにその異常性・異端制を強調しようとする議論とは一線を画し、「北朝鮮への醒めた目と冷静な判断」が重要、と説く著者のスタンスの原点には、このような認識もあるようだ。もっとも、そのせいかどうか、本書では全体を通じ、各種工作活動、ミサイル・偽札・麻薬などの闇ビジネス、「将軍様」の私生活、劣悪な人権状況など、北朝鮮の「暗部」についてはあまり語られていない印象を受ける。とかくセンセーショナルに取り上げられがちなテーマはあえてパスしたのかもしれないが、ディープな北朝鮮像に触れようとして本書を手に取ると、期待はずれに終わるかも。
また、今後の北朝鮮のソフトランディングの可能性についても、より突っ込んだ考察をしてほしかった。
前著と同じく、冷静な北朝鮮分析を
本書は1998年の北朝鮮の憲法改正以降の動きを付け加えることに主眼を置いている。しかし1997年の初版と重なっている箇所がかなりある。どうせなら全て違うものにしてもよかったのではないか。2冊続けて読んだので、重なっている箇所を読んだ時は少しだけ損した気分だった。「振り子外交」は大国に無視されると機能しなくなる(218頁)。北朝鮮の巧みな外交戦略に翻弄されないために、この戦略がこれまで一貫して北朝鮮の外交を支えてきた事実をまずはきちんと認識しなくてはならない。拉致問題では日本は一貫した姿勢を貫いてきた。それは自国民の人権に関わる問題だったからでもある。メディアでの扱いも他の問題に比べて破格であった。しかし、核開発問題や国交正常化交渉で同じように一貫した姿勢で北朝鮮に対峙できるかどうかは、少し怪しい。日朝国交正常化は北東アジアの安定に寄与するという主張が説得力をもっているように受け止められているが、実際には筆者が指摘するように、オーストラリア、カナダ、イタリア、イギリスなどが北朝鮮と国交正常化を成し遂げたにも関わらず、この地域に安定は訪れなかった。(230頁)過度な期待を寄せて、まずは正常化ありきの議論をすべきではないだろう。正常化交渉が難航しようとも、ダメなものはダメだと言わなくてはならない。