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幸福論 ―精神科医の見た心のバランス (講談社現代新書)の商品レビュー 静かで定型的な幸福
この本を読んで面白かったかどうかは微妙である。幸福について著者は華やかで騒々しい幸福ではなく、いわば静かで定型的な幸福について述べている。例えばある種異変として起きた幸福はそれはやがて不幸へ転落する前段階でしかなくなるとか、人は何か確固としたものを心に持っていないと、定型としての武器を持つことができず、たがの外れた夢想に逃げ込むしかなるなるというのは何か説得力がある。また死を間近に控えた不幸な女性に対して内輪での演出された幸福に嫌気がさすのもよくわかる。冒頭に出てくる幸福の1ダースは黒ビールと鰻重の話が幸福感にリアリティがある。読んで特に役に立つ本ではない。しかし静かに自分の日常を考えさせてくれる本である。 幸福?
それを「幸福」と表現するかどうかはともかく、何とも言い難い奇妙で豊かな感覚が沢山拾い集められていて楽しい。楽しいんだからやっぱり「幸福」って言っていいのかな。 ひねくれ者による幸福論
この春日武彦という人、別の本で内田樹と対談しているのだが、そのとき読んでいて「この人医者の癖にひねくれ者だな〜」と思った。宮崎駿が嫌い(これは賛否両論あるだろうが)なのはさておき、臨床の現場でそんな投げやりなことを患者に言っていいのかと、笑っちゃいそうになるほど変わっている。この本は学術的にどうこうというよりも、ひねくれ者が幸福という言葉と出会ったらどのような化学変化が起きるのかということを楽しむ本だと思う。 日本人の幸福
すべての人ではないと思うのですが、日本人の考えていた、あるいは、親に知らぬ間に、漠然と吹き込まれた『幸福とは、こういうもの』という定義‥それは、勉強しなさいに始まって、なるべく偏差値と知名度の高い大学を出て、なるべく知名度の高い会社に入って、三十も過ぎて独身は、みっともないから、とりあえず適当に結婚して、さらに、子供も一人くらいはつくらないと、夫婦として世間体が悪いからつくって‥のようなものではなかったでしょうか? そういう生き方に何の疑問も持たずに、中年くらいまできたけれど、ふと、気がつくと、自分に自信が持てず、やたら他人の動向が気になり、反射的に見栄や虚勢を張ってしまい、孤独感と不安感に苛まれる‥さらにそれをも、ごまかして生きる‥そういう人が、今、とても多い気がします。 そういう人の子供が荒れ、犯罪も増え、世の中がすさんでいるのではないでしょうか? 幸福とは何か? 幸福がどんなものなのか、子供時代に間違った幸福の定義を、親から植え付けられてしまっていて、無意識にもがいている人や、子供の教育に携わっている人に、著者の本は有益だと思います。 斜にかまえるのがカッコいいか?
『幸福論』では、梅崎春生の小説「猫の話」が紹介されている。「カロ」という名前までつけ愛着のあった野良猫が自動車にひかれ、死骸はそのまま道の上で何台もの車に踏まれて次第に紙のようにペラペラになって散ってゆく。若者はその過程を二階の部屋の窓からじっと眺めていた。「カロ」の死骸が数百片に分断されタイヤについて東京中の空間に撒きちらされる。「カロ」は消失したのではない。若者のまわりに「遍在」している。春日はこうしたイメージが救い(=幸福)をもたらすと言う。(17頁) 本の最新売り上げランキング - トップ10
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