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奇偶 (講談社ノベルス)

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奇偶 (講談社ノベルス)の商品レビュー

4.0 「神は骸子を振らない」のか?
実際に眼病を患った作者の体験をもとにした、半自叙伝的小説であり、
大量のペダントリーを投入し、偶然と必然の関係を考察した思索ミステリ。


とりあえず、きちんと割り切れる、ごく普通のミステリを読みたい人は手に取る
必要のない作品です。しかし、それでもなお、本書に対し、何がしかの関心が
ある人に向け、以下に二、三、言及したいと思います。


本書のテーマは「偶然の連鎖と必然の境目はどこか」というもの。

作中には、易経や確率論、ユングのシンクロニシティーにゲーデルの不完全性定理、
そして量子力学の不確定性原理や多世界解釈などのペダントリーが次々と投入され、
そのテーマが追究されていきます。

結果、導き出される結論は、

――自然科学の法則でさえ、相対的、確率的、統計学的な真理に過ぎないもの
   である以上、この世で考えうることは、どんなに途方もないことでも起こりうる――

というもの。

「そんなの当たり前じゃん」とか「だからどうした」という声が聞こえてきそう
ですが、そうした“常識的”反応の前提となっている根源を見極めようとする
姿勢において、作者は徹底しています。

それを踏まえた上で、真摯な思索の営為とみなすか、やっぱり取り留め
のないホラ話に過ぎない、と切り捨てるかどうかは、読者次第でしょうね。


3.0 読んでてもどかしいというか…
次々と破天荒な展開が起きるとき、読者は普通「これをどう、まっとうに収拾つけるのだろうか?」と期待して読むものなんですが、そういう時に、作者は十中八九、まともに終えるつもりは全然ないんですよね(笑)。まあ「虚無への供物」なんかが凄いのは、それを更に裏切ってちゃんと決着をつけているところだったりしますが。

主人公の周囲で次々とありえない偶然が起きる、と言われても、そんなの小説の中なんだから不思議でもなんでもないし、存在論、量子論、宇宙論等の薀蓄が次々と展開されてゆくところは一見迫力がありそうですが、本来はマジメな議論であり理論であるはずのものを作者の都合のいいようにもてあそんでいるようで、あまり好感が持てません。眉唾な論理を振り回すのは作者の得意な方法論ではあるのですが、それはユーモアの範囲で適用されるから笑って済まされるのであって、この小説に関してはそういう風には読めないというか、突っ込み不在というか、なので、いいのかなあと思ってしまいます。

そして、どうせトンデモで終わるんだろうと思って読んでいると、その通りだし。ミステリ的な論法が次第に崩れて逸脱してゆくところは、読み応えはありましたが、破綻することを予想してしまっている読者としては、もっと論理面以外でのキャラクターの感情面での奥行きなど、欲しかった気がします。

以前から様々な作品で散見されていた作者の諸々の哲学ネタの集大成として、"いつか書かねばならなかった"作品だったのだろう、そういう意味での執念は感じました。しかし、SFや純文学としてではなく、殺人とその解決、という筋書きを持つミステリという形にしなければならなかったところに、苦いものを感じますね。私は評論家としての氏を尊敬しているし、ミステリ作家としても大好きなんですが、さてこの感想をどうしようか、というところです。
3.0 「偶然」という概念に対する徹底した学門的宗教的解釈の探究
ありえないような偶然による事故死が連発。そして現場に残されたゾロ目のさいころ。やがて浮かび上がる謎の教団「奇偶」。
この作品は一応ミステリーとして分類できるかもしれないが、頁の多くを占めているのは「偶然」という概念に対する徹底した学門的または宗教的解釈の探究である。
読者の好みが分かれるのは物語と理論展開のバランスが一般的な小説とは明らかに異なることだ。押井守作品とその意味で共通点がある。私は理論は理論で学門的に認知されたソースから学びたいし、ミステリーはミステリーで物語に感情移入したい。

5.0 《偶然》を定義する
 《偶然》を定義する、この直感的には簡単そうな命題がかくも存在の原理まで広がるものだとは思ってもいず、自分の人間としての存在意義が揺さぶられる感慨が残りました。

 本作の主題としては『宇宙消失』グレッグ・イーガン(著)などからくる既視感が大きいのですが、グレッグ・イーガン氏が試みたような人間宇宙論への開き直りではなく、地に足を付けたままで更に洞察を深められています。その理由の多くが、現代の量子力学との共通な視点までもが散見される『易経』についての洞察に寄せられると思います。

 そういう意味では、本著でも記述があるとおり「作品の背景と前景とがまったく転倒」しているというように、推理小説としてのスタイルをとりながらも《偶然》に対する形而上的な議論が主題として浮上しています。

 では推理小説として低レベルであるという訳ではなく、《偶然》が形而上的に議論されることで、密室トリックの蓋然性が一点に集約されていく様は圧巻といって良いでしょう。

 少なくとも、これまでに読んだことの無いミステリーが味わえる名著であることは疑いのないことだと思います。

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