「哀愁」が全編に漂う
全ての話に野球が絡んでくる短編集である。
全ての話に感動できる短編集というのは滅多にないけど
これはどれもそれなりにいい話で
最後まで読みきれた。
私は2作目の「えくぼ」という話が一番心を打った。
悲しい話だと思うと同時に
今後の「吉乃」はある意味幸せになれるのかもと思った。
あまりにいい話だと思ったんで
15歳の娘にも読ませてみた。20分くらいで読めるから読んでみなと。
登場人物は結構大人なんだけど
15歳の娘は「いい話だ」と目頭を押さえていた。
おぉ~中学生でも感動できる話なんだと思った。
で、職場の年輩の同僚にもすすめた。(56歳)
「ちょっと読んでみてくださいよ」と。
読み終わって一言「で、なんですか?」
あら、全ての人を感動させるわけじゃないのねって感じだった。
(⌒-⌒;)
生き続けられる理由
かつて英国にサマーセット・モームという流行作家がいた。
「人を殺すのは記憶の重みである」という言葉を残し、
90歳で自殺した。
彼の体験したことがどれほど重かったのかは、本人にしかわからない。
だがついこう考えてしまう。誰しも一年歳を取るごとに、重い記憶のひとつやふたつは抱え込まざるを得ない。もしそれが累積し、かつ取り消し不能のものであるならば、
われわれもまたモーム氏のような厭世観を持つことになるだろう。
それは不可避なことか?「そうではない」と伊集院は言いたいように
思う。本書の登場人物たちは一様に重い記憶を背負っている。
しかし彼らは、とことん悔やみはするが、憂鬱に飲み込まれない。
「憂鬱」と同じく本書にほぼ全く登場しない単語は「絶望」である。
どこかしら清流の澄んだ気分が小説中を流れている。