「心の影」の要約本
1995年Tanner Lectureでの講演内容を再現したものであり、原書は、"The large, the small, and the human mind"、である。基本的には「心の影」を要約したものとなっている。表現は簡潔であり、くだけた口語調なので、一見読みやすそうだが、勿論内容は極めて高度であるから、「心の影」を読んでいない読者、又は相応の知識のない読者にとっては、「雰囲気のみを味わう」ことになりそうである。
著者の主張のひとつが「客観的収縮(=OR)」の理論だが、真偽のほどはともかく、本当にワクワクさせられるものである。いつになったらこの領域が解明されるのだろうか。
受け入れるべき量子力学のパラドックス(即ちZミステリー)として、「心の影」でも取り上げられた「爆弾検査問題」が再び説明されている。ElitzurとVaidmanが1993年に提出した問題だが、誠に衝撃的なものである。このようなことが本当に現実にあり得るのか。
極めて興味深い本であることに間違いないが、星4つである理由は、(第二部を除いて)「心の影」以上の内容が含まれていないことである。
ベストセラーになる数学書の条件
ベストセラーになる理数系の図書には、いくつかの特徴がある。①数式による記述が最小限に抑えられていること。②その代わりに文章に魅力があること。③わかりやすい図表が数多く掲載されていること。④読者をダイナミックなスケールの世界へいざなうこと。ペンローズの著書はそのすべてを満たしていると言えそうだ。 ①と②に関しては「心の影」で証明済みだ。ゲーデル-チューリング流の議論の大部分を「AIの専門家がロボットと行う討論」というかたちで提出している。理論の出来不出来に関係なく、専門外の人間をいかに自然言語で説得でするか。それが多くの人を魅了するのか否かを決定する。③は本書のポリオミノ・タイリングがいい例だ。「計算不可能性」なる概念を説明するために「オモチャの宇宙モデル」の図を使っている。ペンローズは自ら図表を書くことでも知られており、こうした幾何学図形の使い方には定評がある。
問題は④だろう。新しい物理学により意識を解明しようとするペンローズの論旨には、多くの推論や憶測がまじっている。本書の論争部分で科学者たちがする反論は最もだ。だが、最もなことほど退屈なものもない。この本が人の手にとられる理由は、宇宙の年齢から素粒子の寿命まで扱ってしまうそのスケールにあるのだから。