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文庫版 塗仏の宴―宴の支度 (講談社文庫)の商品レビュー ようこそ、いらっしゃいませ。
この宴の支度では、まだ謎かけの段階です。 短編集のような長編
京極堂第6作。この作品は今までと趣向が異なり、まるで6つの短編集ともとれる構成をしている。つまりは独立した6つのストーリーが展開するのだが登場する人物はいずれも過去の京極堂の作品の登場人物で、ただ一人新顔なのが多々良先生だ。やはり京極作品は最初から順番に読むことが重要なようだ。そうでないと今のストーリーを理解できなくなりそうだ。 ずらりと並んだ宴の料理
長い長い宴の始まり、卓上には色とりどりの料理がずらりとならべられてい 塗仏が見る先に
京極堂シリーズ6作目。シリーズ最長。正確には独立した作品では無い。漫画の様に1作目から全体が繋がっているので最初の作品から順に読む事をお勧めする。「京極堂百鬼夜行を行く」とでも名づけれる繋がった一つの作品なのだ。このシリーズ民俗学的見地から妖怪談義を楽しむ。ミステリーとして楽しむ。登場人物のやりとりから雰囲気を楽しむ。という三者三様の楽しみ方が簡単な読み方だが。内服されるテーマ、作者の人や世界に対する考え方などを楽しむという読み方もある。というかこれこそが最も重要な点だが、後書きの評論家や一般の意見を見ていると、そういう本質に迫った物が無い。上辺しか読めてない人が大多数なのだが社会に沿って生きているとそれも仕方がない。気付かない様になっている。その作品のテーマとも被る読者並びに国家に生きる人間の本質を見越して、あえて説明しない、いや存分に長文を駆使して散りばめられているのだが気付かない作品を書く所がまた憎憎しい(褒め言葉)。まるで塗仏の様な作者だ。同じミステリーの大御所、島田荘司はもっと分かりやすく言いたい放題意見を作品に散りばめている。二人とも反俗な人であり知者であり、世の中の理が見えている人だが島田氏は不満を撒き散らして逃げているだけに対し、京極氏はそんな世界と向き合っている稀有な作家に感じる。古い言い方をすると賢者ですな。文中にある「言葉は賢者が天地を動かす為に用いる手段だ。分別なくして使えるものではない」。あっ天地を動かしてはいないな、じゃあ隠棲した賢者かな。 (下巻に続く) 宴の準備は整いました…
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