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標題は「幕末気分」とありますが、「幕末七つの物語」とも言うべき作品のように思えます。 かなり面白いです。出色の出来のように思います。とても味わい深い作品です。三回読み直しました。 それぞれ異なった視座から投射された光線によって各人物あるいは出来事がそれぞれ固有の色彩に彩られ甦り、そして踊っているように感じられます。 確かに一定の考証が基礎とはされています。しかし、描き顕れたのは、結局は江戸っ子としての、そして一度はマルクシズムの洗礼をうけ、さらには三島由紀夫と正面から対峙した作家の真情のようであり、また作家としての見事な包丁さばきにようでもあります。 多くの印象深い記述がちりばめられています。それぞれが、時には詩情に溢れ、時には鋭利な分析精神の輝きを帯び、さらには勝手きままな奔放さに彩られていることさえあります。 まさに巻を措くに能わずです。 ただ、慶喜については余程相性が悪いのでしょう、個人的不快感を隠そうとしないその筆致にはいささか過激を感じます。大阪城をこっそりと退去する直前、籠城して一戦交えんと具申する老中板倉勝静に慶喜は詰め寄ります。「そもそも我方に西郷は在りやなしや。しからずんば大久保はいかに。いずれも在らずして如何にして戦わん」ヤッチャアオレナイよ、というところです。それじゃあ指導者として無責任だろう、といえばそれはそうでしょう。しかし、このようなところにどこか日本的な大時代的おおらかさを感じます。またこのような精神は、別のところで記述されているように、明治維新という一大政府転覆劇の過程で失われた人命が2万人弱と、欧米のそれと比較して一桁少なくすんだという要因に、遠く共鳴する部分があるように感じます。 なお、本作家には、できましたら大仏次郎の「天皇の世紀」に匹敵する大長編に取り組んでほしいと強く思います。本書のような作品にとどまるのはいかにももったいないと感じるものです。
例えば大河ドラマ。徳川慶喜からみたものと、近藤勇からみたものとは同じ時代背景とは思えない。本書は、幕府の長州征討に従軍した侍たち、井伊直弼の若かりし頃、幕府の組織した歩兵(鉄砲隊)、彰義隊などについて、幕末に書かれた市井の人の日記を引用し、この時代の人々の様子を描いている。歴史を語るときに、現在の価値観で評価してはならないというが、農民が刀を持ち、既存の士族社会に割り込んでいくといった、その社会の根幹を揺るがした様子がよく分かった。ただ引用が多いので、古典の成績の悪かった人にはつらいかも。引用の後には、ちゃんと解説はしてくれているけれど。