人類の歴史を兵器の発展、科学の発展の視点で構築する
戦争の歴史が科学の発展を促してきたという強烈な皮肉はよく言われるところであるが、本書は古代エジプトの戦車から現在、近未来の兵器までを時代をたどりながら、この主張をなぞっていく。科学の発展により兵器が発達し、兵器・軍事への注力が科学の発展を促進してきた、という主張だ。前半は古代から、中世、近世を描き、歴史の転回点となったような有名な戦いを事例に引いていく。歴史的な戦いの影には、エポックメイキングな兵器があったという。
古代エジプトの戦車(チャリオット)、ヒッタイトの鉄製武具にはじまり、古代ローマの攻城兵器、中世イングランドの長弓、火薬の発明、大砲の発展が城の概念を変えていったこと、小銃の発明、ガレー船、大航海時代の帆船、弾道学、無線機、飛行船、飛行機、戦車、潜水艦・・・。点描的に取り上げられる戦いの描写、題材にあげられる兵器の発展の記述は興味深い。一方で兵器の優劣だけで勝負が決したかのような説明になっている部分は牽強付会な印象も受けた。
長らく西欧の国々より文明度では優れていたはずのイスラム諸国や中国が西欧に圧倒されたのは、科学の発展に対する姿勢の違いだという指摘は首肯。
後半は20世紀以降を描き、核兵器、ロケット(兵器)、化学兵器といった軍事技術の開発に携わった科学者たちを題材に人物名を挙げながら検証していく(日本からも、満州の731部隊が取り上げられる)。
さらに現在でもアメリカを中心に膨大な軍事費用が兵器開発に向けられており、その開発成果の一部が民間に転用され、私たちのの生活に寄与しているという事実は改めて見せられると驚きだ。
全体に平易な文章で読みやすい。新たな視点・考え方が記述されるわけではないが、興味深く読めた。記述は時系列ではなく、断片的なため、世界史の知識があるとより楽しめる.
スポンサー
科学(技術開発)とは、金と知能と時間が3拍子揃ってはじめてなし得ることであり、その時代の権力者(スポンサー)の欲と科学者の欲が一致したのが軍事テクノロジーだというのが著者の意見。昔は王、近代は国家の要求として「軍事的な勝利」が求められたが、今後はどうなるのだろうか。グローバル化の進む中で、「経済的な勝利」がそれに変わるのだろうか。それとも、「別の要求」を我々は見出すことができるのだろうか。P.S.
本の内容は、専門的な用語も少ないため、その手の予備知識がなくても楽しめると思う。
戦争は科学の進歩の母
古代から現代にいたるまでの兵器の発達史だが、歴史を別な角度から見ている感じになる。兵器の発達が歴史を動かし、歴史が兵器の発達を促す。
古代から現代まで、兵器に科学が使われるのを恐れて自分の発見や発想を隠した科学者が多数いたこともこの本は触れている。それだけでなく、戦争に協力した科学者とその良心の問題についても触れている。しかし、いくら科学者個人が隠しても、いずれそれと同じ発想を他人がして実用化されるというのを歴史が証明しているようだ。
一方で、兵器の研究からもたらされた技術がいかに文明の進歩を加速させたかもこの本でよくわかる。(原爆が1番応用がきかない技術だと皮肉たっぷりではあるが)
本の中で著者は何遍も否定しているが、戦争が科学の進歩の原動力であり、文明の進歩を加速している源なのは間違いなく思える。この事実から目をそらしてはいけないだろう。