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商品の情報
エミリー (集英社文庫)の商品レビュー ぎりぎりです。
いろんな意味でぎりぎりの作家です。このナルシズムに満ちみちた文章、一人称ですます文体で語られる自己陶酔の激しすぎる文章は、やはり激しい嫌悪をいだかれてもしかたないと思います。この人の文章は、あと一歩間違ったら中学生が書くポエムになりさがります(本当です。嘘だと思うなら、河崎愛美の「あなたへ」を読んでみてください。小説のふりした駄目ポエムの典型です)。けれど、嶽本野ばらは、ぎりぎり勝ち越しています。あとちょっと文章がへたなら、たとえ書いているのが少女じゃなくておっさんであったとしても、破きます。 生きる流儀が違う。
「大切なのは解り合うことではなく、求め合うことの筈」、 何という才能!
またもや恐るべき才能を持った作家を知ってしまった…。 穢い世界の美しい魂の
野ばらちゃんの作品は(シシリエンヌは別として)、結構ラブシーンや性が描かれているものが多いのに主人公と、主人公と魂で“番う”人(エミリーでは「あなた」という男の子)の魂や、番いは恐ろしいくらいに純粋である。私は、純粋イコール正しい、美しいとは言わないし、不純イコール不正である、穢いとも言わない。が、この作品の中の二人の純粋さには正に美しさと崇高な魂を覚えた。二人を大した意味も無く糾弾・迫害する、精神の美しさを知らぬ者たちの溢れた穢い世界はあまりに二人に似合わなく残酷だった。それでもそんな世界に生み落とされた二人はお互いに会うために自分たちは生まれてきたのだと、恋愛感情と形容し難い魂の番いを持った。とても深い感動を与えてくれた作品。私もこんな穢い世界に生きていても、何時か誰かと魂の奥底で番いたい。理想である。 「お洋服」という名の繭
少女と少年の無垢な魂は、あまりに早くおとなの世界に早くさらされてしまった。少女は子どものころに本人の意図とはまったく無関係に性的対象されたこと、少年は同性愛者であることを自覚したことが要因でそれぞれ周囲とのズレに苦しみ、中学校ではイジメにあう。彼らは、自分を守るための「繭」を紡ぎはじめた。彼らにとっての繭は、Emily Temple cuteやSUPER LOVERSの「お洋服」である。ふたりは毎日のように「お洋服」を身につけてラフォーレ原宿の前で会い、あるいはイジメられている者同士らしく学校のゴミ焼却場で一緒に昼食をとる。繭のなかで静かに成長していくふたりを、しかし周囲は放っておいてくれない。イジメはひどくなる一方で、少年も片思いの相手から無惨な仕打ちを受ける。手に手をとってふたりが入っていったのは、渋谷のラブホテルだった。自らの意志で飛びこんだおとなの世界。猥雑な部屋での拙いセックスを経て、ふたりは繭を脱ぎ捨てる日がくることを初めて意識する。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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