不安は安心のもと
この本、簡単に言えば「不安は安心のもと」。もっと深いものがあるかもしれないけど、シンプルにいくとやっぱりこういうことだと思う。人はほんとたくさんの不安を持っている。その不安を必死に振り切ろうと前向きに考えたり、忘れようとしたり。だけど、そんなことはしないくていい。不安を感じるから、安心があるんだ。
死ぬことに対して不安に思う。もちろん私もそう。死ねば自分が忘れ去られるのではないか…どうなるの…色んな不安がある。しかし、死ぬという不安があるからこそ、今を生きられるんじゃないかなと思う。不安の力を精一杯使って生きればいいんじゃないかと思う。
悟りの境地に達した人間らしい人間:五木寛之からの贈り物
五木寛之は昔から今に至るまで基本的なスタンスや生き方が変わらないので、何ともいえぬ安心感を与えてくれる。書くことがなくなったら「時代や読者に望まれていないのだ」と心得て無理して書こうとはせず、休筆して大学で仏教の勉強をしたりお寺巡りをしたりする。気負っておらず、かといって諦念しているわけでもなく、強く自己主張するわけでもなく、かといって自分の芯や信念や哲学がないわけでは決してない。右も左も上も下も全て経験し尽くした後で老境の今、上下左右の真ん中を漂っている、というイメージの作家。それも無理して自分の位置を真ん中に保とうとしているのではなくて、自然とそうなっている感じ。風貌、声、話し方も魅力的だ。・不安を排除、克服しようとするのではなく不安と共生したらよいこと、
・時代・環境自体が不安定になっているのだから不安を感じる人の方が却って人間らしいやさしさをもった人間であること、
・「死」や「汚」等、見たくないもの、感じたくないものを敢えて日常生活から隔離してあたかもそれらがないもののように振る舞う現代の方がおかしいのであって、それらと共に生きる方が人生に厚みが出ること=これが不安との共生でもある、
・「老い」や「死」という区切りがあるからこそ生きていけるのであって、永遠の生を与えられれば却ってうんざりするはずであること、
等々、卓見で説得性も高く、何よりも読者の心を楽にしてくれる。年齢差はあるけれど、この人と共に人生を歩んで来られてラッキーだった、と思う。
一つの悟りの境地に達しているけれど、それでいて人間らしさを失わない、そんな作家から僕らへのあたたかい贈り物だ。