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●前作『金毘羅』は、主人公の覚醒と闘争を描く、疾風怒濤の力作でしたが、 本作『萌神分魂譜』は、その外伝(続篇?、裏ヴァージョン?)です。 前作『金毘羅』を、別の視点から相対化(客観化)するような構成になっています。 ●語り手は2人。1人は、『金毘羅』の主人公(「私」と称し、「ですます」調)、もう1人は、それを優しく見守る客人権現(「俺」と称し、「である」調)。 その客人権現は、金毘羅を自覚した主人公を見守り、「姫」「君」と呼びかけながら、「愛」の対象として、優しく温かく描いてゆきます。 2人の語り手の文章が、互い違いに交錯するところが、本作のミソです(その文体の違いに瞠目されたし!)。 ●本作の圧巻は、何と言っても、最後の40頁です。 主人公(金毘羅)の弟と従兄とのエピソードが、客人権現の視点から、現在形で、淡々と、しかし温かい雰囲気で綴られます。青春時代(大阪万博前後)の美しく切ないエピソードの数々を読んでいると、涙がにじんで来ます。(尾崎翠の『第七官界彷徨』を想起しました) ●そして、最後7頁は、いったい、何なんでしょう?! 主人公(金毘羅)と、優しく挑発的な、二回りも年下の青年(芸能人? ダンサー?)とのエピソード。【「君は恋をしないと思っているけれど君の内面にはいつも風が吹き通っていた。」】 この青年とのやりとりが、たまらなく美しい!(愛に溢れている!)。【「最初にキスします」「教祖、なにか、前世の贈与だね、今は」etc,etc,】 (岡本かの子の『老妓抄』を想起しました) ※なお、上のレビュアーの方(キャラメルマキアートさん)が、この青年を「十二歳も若い」と引用されてますが、誤読じゃないでしょうか。「十二歳も若い」のは、ホテルで丸札を渡した「知人」の方です。問題の青年は、「二回り」年下の「息子」のような位置付け。 ●『金毘羅』のエネルギッシュな勢いとはやや異なり、優しい愛に包まれた、静謐で慈愛に満ちた、美しい作品になっています。
「金毘羅」の続編。ちょっとこれ、どきどきしてしまった。どういうふうに読めばいいのか、読み誤っているところもあるかも知れないけど、うーん、どきどきしてしまった。 そもそも「萌え」って言葉が、人それぞれ違う解釈で、むしろ「萌え」の意味にこそその人の「萌え」が宿るのだと思うのだが、まさにこの本は作者の「萌え」とは何か、という一冊だと思う。そしてそれは、もちろん蔓延するエロイメージの「萌え」とは全く違うし、決してわかりやすくないし、いろいろ誤読もしてしまったらしく、どきどきしてるのだが。 「金毘羅」では、生まれた赤ん坊がすぐ死んで、そこに神が宿る。神は女の子として不本意な成長をとげる。本作には、この赤ん坊を「愛している」男……権現が登場する。実はこの神、というか人間の女のとして生きる神は、この権現によって「姫」と崇められ、男は「姫」を愛するがゆえに、「姫」がつまらない人間の男などとできてしまわないように見張っていた。その人生の時々に、さまざまなものに宿りながら、「姫」を見守ってきたのだ。「姫」のあらゆる苦しみを感じ取りながら……って書いてしまうとおもしろくないな……おもしろいので、読んでください。 祖母や母や叔母との関わり、そして弟と、兄弟みたいな、すごくモテる従兄。猫たち。十二歳も若い半分しか体重のない男。それらのイメージを頁を追って読むうちに、ひとつの恋愛も書かれてはいないのに、どきどきする。……読んでください。