過ぎ去るせつなさ。
好きな人と思いが通じて、ハッピーになったはずなのに、
どこかひとすじ流れるさみしい気持ちが、初めて読んだ当時と
どんぴしゃでした。こんな気持ちは女性は必ずあるでしょう。
こういうところって、男の人にはわかんないんだろうな、とも。
絵は少々時代的にも古っぽいですが、お話がいいのです。
「もうあのころにはもどれない」、あの感じ。
ガラスの靴で踏むステップ
漫画自体初心者で、この漫画は友達に勧められて購入しました。最初に感じたのはとても切ない感覚です。友人や、家族などのありがちな日常を描いているのですが、それがとても繊細に描かれているのでびっくりしました。この本はいくつかの短編集からなるオムニバス形式です。私がもっとも心を打たれたのは、文庫のタイトルにもなっている「夢みる頃をすぎても」という短編のラストの場面で、ガラスの靴を履き好きな人とステップを踊りたいという漠然とした理想を語るところです。そこで、主人公はこうも思います。「みんなガラスの靴をはきあやういステップを踏んでいる」(p.197)みんな、あやういステップを踏んでいる。私たちも一回限りのかけがえのない人生を、取り返しのつかない時間の中で日々、ガラスの靴をはきあやういステップを踏んでいるのでしょう。流行りの歌で、つないだ手を離したくないという表現がよく見られますが、これは、つないだ手を離すと相手がどこかに行ってしまうかもしれない。どこにも行ってもらいたくない。この時間が永遠に続いてほしいという気持ちの表現でしょう。しかし、時間は流れ、現実は変わる。その変わりゆく現実の時間の中で、私たちはガラスの靴をはきあやういステップを踏んでいるのでしょう。。
いつになったら、美しく踊ることができるのでしょうか(^^;)。
古いが、面白いところもある
昭和52年から57年までの作品集。初期作品では登場人物が「ガロ」のような長髪で、時代を感じる。言葉遣いも、学園紛争世代の余韻をかすかに残す。絵柄もまだ少女漫画。しかし、後年のさっぱりした画面の萌芽がある。内容は玉石混淆であるが、時代が下るほど、上達が明らかである。1)「はるかな天使たちの群れ パート2」:葉月今日子のセリフ「へえー 勉強じょうずなのね」は、学問で生きていこうとする人を侮辱した発言であるが、この人種にそんな意識は全然ないだろう。「楽園のこちらがわ」でのガリ勉論議も中途半端。勉強のできる人が体制攻撃のための「象徴」だというのなら、その攻撃は「嫉妬」に過ぎないんだけれど。
2)「ジュリエットの海」:病気(多分白血病)で衰えた透は「BANANA FISH」のアッシュそっくり。但し哲郎は英二とはちょっと違う。
名作「BANANA FISH」のあとで読んだのは正解だったと思う。