文学の魔力
谷崎潤一郎の小説は、いつもここにないものを欲しがっている。この作品も、少将滋幹は母を追い求め、滋幹の父は妻を追い求めている。ストーリーそのものは、数多くの古典から構成されており、古典を読みつくした作者だけあって、古典そのものの文学の真髄が読み取れる作品となっている。 それはさておき、私が一番衝撃だったのは、滋幹の父が死生観を実践するシーンだ。幼い滋幹は、父の後をひたひたつけてゆき、父の行いを見てしまう。その部分は、極力脚色を押さえた文章の中に、はっとするような幻想性がある。これは、作者の短編「母を恋うる記」でも、ほんの一瞬だけ感じられる幻想性である。作者のテーマは母性的な愛情の探求だが、それはあくまでストーリーの好みであって、もっと恐ろしい、魔力のようなものを、作者はいつも生み出そうとしていたのではないかと思う。
谷崎の最高傑作
あまり大げさな形容はしたく無いが、どう考えても
日本文学の至宝なのに、谷崎作品の中でも知名度が
決して高くないのは残念。今昔物語、宇治拾遺物語を始めとした多数の古典を
引用、再構成し、さながら平安絵巻のような一本の
中編に仕上げたのは、さすがに文章の神様。
改行や句読点の少ない連綿とした文章だが、樗牛の
ような才気ばしった嫌味がない。言葉のすみずみに
まで細心の配慮が行き届いた、それでいて自由闊達
な最上級の日本語を堪能できる。
構成や学識もさすがだが、僕が谷崎にひかれるのは、
何と言っても、溜息が出るような文章の美しさである。
「美しい日本語とは何か?」と尋ねられたら、僕は
「それは少将滋幹の中にある」と答えるだろう。