悪徳とストラテジー
よくもまぁこれほどの緻密な情報を集められたものだ。この作品には、総合商社の二つの側面を、描き出している。一つは、接待と不正、ほとんどギャンブルである相場で利ざやを稼ぐ獰猛な悪徳商売人として他人の褌を食い物にする腐敗した側面。そして同時に、全地球規模での国益までも含めたストラテジーを、その情報力と総合力と取扱高を利用て、行動していく日本の前線部隊としての側面。たぶん、商社マンというのは、壱岐の対象であるライバル鮫島のような悪徳・獰猛な側面と、壱岐のような理想主義でストラテジックな側面を併せ持つ人種なのだろう。確かにぼくの付き合いのある大商社の諸先輩方には、そういった風格と怖さみたいなものが同居している。この作品の大きな流れとして、戦後「組織力」をバックに強大化しつつある三井・三菱・住友などの旧大財閥の連携に対抗して、野武士集団として財閥を背景に持たない繊維問屋出身の伊藤忠商事(近畿商事)が、財閥に負けない組織力と総合力を発揮する体質に脱皮するための苦悩を描いている。その『総合化』と『重化学工業化』という抽象的な変化を、その中核にいた組織のプロである瀬島隆三元大本営参謀の人生を小説化することであぶりだしている。商社マンというものの生な感触をここまで描き出している文章を僕は知りません。
現在では、その『重化学工業化』の後にバブルとIT革命を経て、豊富な資金力信用力を利用した投資銀行的な側面と、やはり口銭と利ざやで稼ぐ側面が同居しています。ビジネスの世界に今いる自分の日々の状況などとオーバーラップして一気に読んでしまいました。しかし、女性であるにもかかわらず、ここまで男性的な苦悩とビジネスの現場を描ける山崎さんの筆力には、驚嘆させれれます。