理想郷ではない、こすっからくていきいきとした田舎。わかるなぁ
篠咲は篠崎、根戸川は江戸川、やっぱり浦粕は浦安としか思えない。すなわち、いまのディズニーリゾートは百万坪で、倉なあこたちが「砂粒はこんなだけど生きてるだぁ」と語り合いながら「魚を踏んでいた」満月の青い夜、幻想的な風景の中にいたのだ、80年近く前は......。浦粕の住人達は周五郎の時代小説の中の江戸っ子達のように優しくもなければ人情家でもない。むしろ日々貧しい暮らしを支えるがために意地悪く油断も隙もない悪意さえ感じられたり....海外強力などで第三世界に行った人たちの経験談と近い感じがするところだが、主人公の「私」はそういった技術指導的立場では到底あり得ず、半分失業者半分作家のような存在。「蒸気河岸の先生」として棚上げされつつ(けっして敬われはしない)、浦粕に硊??かされていることを意識しながらも旅人の目線でこの生きるエネルギーが炸裂したような街をスケッチしていく。例えば住民との会話の中では「私」の言葉はほとんどの場合省略されていて、浦粕人の独白のようになっているのも印象的だ。
驚くべき事に、70年は経っているはずなのにその問題意識は少しも古びていない。貧困、家族の崩壊、介護、公害、不倫/偽善、社会保障の不備、生老病死、そんな中での人情や情愛の機微。日本は自然が壊れた意外に浦粕町からどれほど進化しただろうか。
こゆくてリアルな人間模様の中には、後の周五郎の名作の原型となるようなストーリーが散見できる。
それはそうと、青べか、欲しいですねー