ちからの、抜け具合
中島らもさんは、その作品もさることながら、人物としての味わいという点で、とても大好きでしたし、今も大好きですので、『空のオルゴール』の、ちからの抜け具合のようなものに、ああ、やはり遺作なのだ、という感覚がしてしまいました。だからと言って暗くはなく、どこまでも明るくて、軽いんですが。片足は、もうあちらの世界へ行ってしまっているような、そういう、これまでのような力みのない突き抜け感に、あの人はまだ生きているような、でも死んでしまったんだなぁ、と、不思議な気分がしている読後であります。
「愛」に包まれた、エンターテイメントの粋を集める娯楽小説
中島らもの長編小説には大きく分けて二つの型があり、ひとつは『頭の中がカユいんだ』『今夜、すべてのバーで』のような、自身の家出や入院などの私的体験をモデルにして創られた半ノンフィクション的な小説、もう一方は『酒気帯び車椅子』『ガダラの豚』といった完全なフィクションである。本作品『空のオルゴール』は後者に属し、パリのマジシャン&大学院生と彼らを敵対視するプロの殺し屋集団:U・M・Aとの間の死闘を描いている。 フランスの植民地下にあったアルジェリアでの暴動を、奇術一つで鎮圧してみせた伝説的な奇術師:ロベール・ウーダン。近代奇術の父と称される彼の足跡を辿りにパリへ赴いた大学院生トキトモは現地で大学の後輩リカと再会し、リカの奇術の師であるフランソワ師の奇術師グループと行動をともにするようになるが、間もなくフランソワ師は惨殺され、狂信的キリスト教ファンダメンタリズムの団体U・M・A(反奇術師同盟)から犯行声明が出される。「手品は神の御技を愚弄するもの」とするU・M・Aから送られた刺客、青龍・朱雀・白虎・玄武に、仲間の復讐に燃えるがまったくの非力である奇術師が機転と知恵で立ち向う。繰り広げられる死闘。次々に弊されて行く仲間。手に汗握る展開と、最後の最後での逆転劇。やや過剰とも思える説明的台詞&記述もすべて含めて、これはまぎれもなくエンターテイメントを志向して書かれ、かつその企みを成功させた一冊である。
解説で書かれているように、それはひとえに「愛」の賜物である。作者の『甲賀忍法帖』をはじめとする山田風太郎作品・娯楽小説への愛、格闘技・異種格闘技戦への愛、マジックへの愛、作中人物への愛が見事に炸裂している。そして解説では、町田康のらもへの愛が、やはり見事に炸裂している。本作は「殺し合い」というテーマを、中島らもが「愛」をもって見事に纏め、一気に読ませる展開のあと、心地よい読後感をもたらす100%ピュアのエンターテイメント小説である。