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ローマ人の物語〈23〉危機と克服〈下〉 (新潮文庫)の商品レビュー 災害に倒れた皇帝、「記録抹殺刑」にあった皇帝
ローマを再び安定化させ、天寿を全うしたヴェスパシアヌスの後、皇帝についたのは、父とともに国政を担ってきたティトゥス。ヴェスパシアヌスによって、ユダヤ反乱平定という「箔」までつけてもらい、早い時期から次期皇帝継承者として仕事を任されてきティトゥスは、塩野氏によれば「(この人ほど)良き皇帝であろうと努めた人もいな」いというほど、真面目に精力的に皇帝の仕事に没頭します。しかし、その治世におきたヴェスピオ火山噴火とポンペイの消失、そしてローマの大火という度重なる大惨事。心労からか、ティトゥスは就任後2年で病死。とりたてて欠点(失政)のなかった皇帝を皮肉好きのローマ人が評した言葉「治世が短ければ誰でも善き皇帝でいられる」には笑ってしまいました。 厳格すぎた皇帝の末路
不幸にも若死にしたティトゥスの後を受けたドミティアヌス。 皇帝ドミティアヌスはなぜ「悪帝」のレッテルを貼られたのか
ローマに平和と秩序をもたらしたヴェスパシアヌスの後を継いで、ふたりの息子たちが皇位に就く。長男のティトゥスは早すぎる死によって2年間で統治を終えなければならなかった。これから皇帝修行を始めようとしていた若き弟ドミティアヌスが急遽登板することになる。彼の能力は経験が乏しい故未知数である。ネロの二の舞になるのであろうか。否、そうはならなかった。いわゆる五賢帝時代へ着実にたすきを渡すのである。その彼が暗殺されてしまう。元老院、市民、軍人たちが反旗を翻したわけではない。その真相とは? またローマ帝国きっての歴史家と評されるタキトゥスにドミティアヌスはこき下ろされる。後世の歴史家たちの意見も順ずるようだ。しかし作家・塩野七生は反対論を展開していく。彼女の考えとはいったい・・・。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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