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隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

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隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)の商品レビュー

5.0 間違いは指摘されてもなお魅力的な書
法隆寺をめぐる謎は、思想史、文献学、仏像美術史、建築学等の各分野ごとに研究されたが、お互い相矛盾する考えが少なくなかった。それをジャンル横断的にあらゆる矛盾が整合する理論を、仮説を立てて立証していく。単なる日本古代史を超えて、多くの示唆が得られる。

ひとつには、歴史とプロパガンダの問題。
日本最初の公式の歴史書とされてきた『日本書紀』は、藤原不比等の指示による編纂で、藤原氏が政治の中枢で覇権を握るのに不利な事実は隠蔽してある。そして、聖徳太子の子供一家25人を殺害(自害に追い込んだ)した黒幕は藤原不比等の父、中臣(藤原)鎌足だった。ところが『日本書紀』にはこの事実は隠蔽されて、うまくドラマが仕立てられている。法隆寺は再建されていた。再建法隆寺を建立したのは、実は不幸な人生を歩んだ聖徳太子の死霊を恐れた藤原氏側の太子後の支配者だった。したがって、入口の真ん中に柱を通してあるのは、死霊が現世に戻ってこないようにする通せんぼの意味があるなど、建築様式のアポリアや、おさめられている仏像の様式のアポリアも解き明かしてくれる。
4.0 ほとんどミステリー小説みたいな面白さ
1972年に書かれた法隆寺論です。中盤の多くのページを「謎の解決への手がかり」として割いて、藤原氏がいかに勢力を伸ばしていったかという事、そしてその礎となり権力抗争に敗れ去った人たち。有名な古典を始め、現存する資料や寺社仏閣、仏像、建築その他様々な事物から非常に緻密になされます。この考証が甘いとトンデモ本の類に転がりかねないので微妙なバランスで踏みとどまっています。古代の権力抗争、政治の裏側みたいな物はいつの時代でも人々の興味の的ですから本書の面白さの基になっている。ただ、思わず全面的に信用しそうになりますが、これはこう思う、いやそうに違いない、と言った感じの論調も多く、始めに結果ありき、いやここでは梅原氏の信念ありきで、悪く言うとどうとでも解釈出来る事を無理矢理に都合よくこじつけているとも取れる。これは程度の問題もあり、全てが全てそうだとも言い切れないので読者の裁量次第ですね。ただ作者本人も書いている様に細かな間違いは将来見つけられるかもしれないが、その様な重箱の隅を突く様な批難では無く、全体的に見ろと言う意味の事を言っている。これには確かに賛成出来る。そして古代の物事を現代人の常識で見るから誤解が生まれると言う様な事も再三言っていたと思うが、確かにそれに即して素晴らしい視点で論が展開されている部分もあれば、そう言う作者自身が気付かずに自分の常識、現代の常識を前面に出してしまっている部分もある。まあ難しい問題ですね、これは。最後にこの「隠された十字架」というタイトルは意味深というか、これに関しては直接本書では触れられていないのです。作者も最後にこの謎を暗示するかの様な事も書いているが、この時点ではまだ裏付ける資料の研究が全然、進んでいなかったのでしょうね。とりあえず法隆寺からという感じで、おそらく本書は作者が本当に探求したかった大きな謎のほんの表に出た一部分だけに留まっている。ぞの全貌の研究は多分35年経った今もなされていない。その謎とは、景教(原始キリスト教)がいつ日本に入ってきて、どれくらい影響を及ぼしたか?またどの様に消えて言ったか?聖徳太子を含む蘇我氏がどの様に関わるのか?という様な事ですね。前述した様に本書ではそれらに付いて全く触れられていません。
4.0 哲学者の夢か
現在見る法隆寺が再建されたものであることは、明らかであるが、いつ、誰が、何のために再建したのか日本書紀は何も語らない。そこで謎が生まれる。
哲学の徒である梅原猛氏は、法隆寺『資財帳』の記録を見てデルフォイの神託を受けたが如く「聖徳太子の怨霊鎮魂仮説」が脳裏に閃めいた。その仮説によると、今まで謎とされてきた多くの事実が合理的に説明できることに気がついて本書が執筆された。

ソフィストに立ち向かうソクラテスの如く、氏の筆は勇猛果敢である。結構、厚い本にもかかわらず読者を引付けて止まず一気に読ませる。特に圧巻は夢殿の救世観音。「怨霊史観」によるおどろおどろしい世界が現出する。本書の初出は1970年代初め。古代史ファンを大いに増やした貢献を評価して星4つとした。
尚、他のレビュアーも触れているが、最近の知見を踏まえた武澤秀一著「法隆寺の謎を解く」を合わせて読むことをお勧めする。
2.0 愛読者として
大変話題を集めた本で、わたしも大いに魅了されてきました。梅原氏の名はこの本によって一躍、知れ渡るようになり、ついには文化勲章まで…。しかし時間が経った今、大分ほころびが見えてきているようです。
わたしが気づいた範囲でも、美術史家の町田甲一氏が法隆寺夢殿の救世観音について梅原氏が普通考えられないような間違いをしていると指摘しています(『大和古寺巡歴』講談社学術文庫)。
また最近では建築家の武澤秀一氏が、中門の真ん中に立つ柱について梅原氏は全くの事実誤認をしていると指摘しています(『法隆寺の謎を解く』ちくま新書)。

これらの指摘は専門家によるきわめて具体的なもので、梅原説の根幹にかかわるポイントです。愛読者としてはぜひ著者の見解が知りたいところですし、既に読んだ方、これから読む方にはぜひ上記の本を併せて読んでいただきたいと思います。
4.0 怨霊説の現在は…?
30年ほど前に発表された梅原氏のこの法隆寺論は日本史、建築、美術史等々のジャンルを総動員して法隆寺の全体像に迫る試みであった。その結論は聖徳太子の怨霊が法隆寺に封じ込められているという、驚天動地のものであった。
同時にかれはみずからを哲学者と位置づけ、反論するなら揚げ足取りではなく、全体像をもって反論せよ、と表明していた。その言やよし、である。

多くの読者はかれの熱気に圧倒され、とくに当時の若者層は結論をそのまま信じこんでしまったようだ。学者間で評判は芳しくなかったが、正面切っての反論はなぜか回避されてきた(触らぬカミにタタリなしと、著者のパワーを恐れたか?)。かれの影響力は各界におよび、その結果、文化勲章という快(怪?)挙にまで至る。学者のふがいなさは今に始まったものではないが、この間、怨霊説は浸透し、いまなお信じている人も多い。

全体像を求めるかれの姿勢そのものは今も評価されようが久しぶりに再読し、思い込みに基く推論、それがあれよあれよという間に次々に断定に変わってゆく強引さが目についた。もちろん読者がその熱さをよしとし、酔うのは自由だ。しかし面白ければそれでいいというのでは思考停止、知の衰弱であり、著者も望まないはずだ。結論に関していえば、建築用材の伐採年など近年、明らかになったデータなどに照らしても、重大な疑問点があるのである。というか、そもそも論の出発点を疑う必要があり、再検討が求められる。

最近、梅原説に触発され、かつ氏とは別の角度から、全く新しい法隆寺の全体像が建築家によって打ち出された(武澤秀一『法隆寺の謎を解く』ちくま新書)。梅原説は“引き金”となることにより、この有力な新説の誕生に貢献している。十分に触媒の役割を果したのである。哲学者・梅原氏としても望んだところであるはずだ。併読されるようお勧めしたい。

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