結局最後は医者を信じられるかどうか
著者は納得のいく医療を受けたいと奔走する。そのためには手術の前夜に病院を脱走までする。不信感を持ったまま命に関わる手術を受けられない著者の気持ちはわかる。しかし、どこかで割り切らないといけない部分もあるんでは?著者は脳動脈瘤クリッピング手術を受けるにあたり、その熟練執刀医を求めていたんだと。しかしその熟練執刀医だってその手術の第一例目を経験しているわけで、新しい術式であれば、誰かがその手術の一例目になっているはず。そんな実験台みたいな手術は嫌だという気持ちもわかるが、結局は医師と患者の信頼関係が築かれているかどうかという問題になるのでは?
著者は日本中の全医師に対して患者の多くは基本的に医師を信じていないという。ところが自分は名医に取り囲まれていたという。そして患者は病気と闘うまえに、全力をあげて、自分だけの、唯一の名医を戦闘的にさがしてほしいという。
しかし医師を信じられないならそもそもなぜ病院にいくのか? 出された薬だって信じなければ服用しないだろう。著者は都会に住んでいるから「戦闘的に」名医をさがせるが、地方に住んでいるとかかれる病院は限られてくる。通院するのに新幹線を利用しなければいけないところまで「戦闘的に」さがすのか?
実はどんな名医にも直せない病いは存在するし、達観すれば人間いつかは死ななくてはならない。納得できずに死ぬのは無念だが、納得さえさせてくれればその医者の実験患者になってもいいと思うのではないだろうか?
現実にはその納得させてくれる医師があまりに少ないということなんだろうけど。