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フラニーとゾーイー (新潮文庫)の解説『Franny and Zooey』(邦題『フラニーとゾーイー』)は、それぞれ別に発表された「Franny」(1955年)と「Zooey」(1957年)を1つにまとめた作品である。名門女子大で演劇や詩を学ぶグラース家の末娘フラニーは、過剰な自意識にさいなまれ、エゴの蔓延する世の中に吐き気をもよおし、デートの最中に失神する。心身のバランスをくずした彼女は、「ひたすら祈れば悟りが開ける」と説く「巡礼の道」という本に救いを見出そうと、自宅のソファーの上で子どものように丸くなって祈りの生活に入る。当然、家族にしてみれば、睡眠も食事もろくにとらない彼女が心配でたまらない。兄ゾーイーの懸命の説得もむなしく、フラニーの心はかたく閉ざされたまま。あげくの果てには、亡くなった長兄シーモアと話がしたいと言いだす始末。 フラニーとゾーイー (新潮文庫)の商品レビュー 最後の1ページがものすごくいいです。
とっても感動的なお話です。あまりにも理性的にインテリに育てられてしまって頭でっかちで繊細なフラニーとゾーイーのお話。 幸せになれる
グラース家のフラニー(末っ子)とゾーイ(下から2番目)の話。 一寸古いような気がします
フラニーはフランシス・グラース、ゾーイはザカリ・グラース。兄弟姉妹は7人で皆子供の頃クイズ番組の「これは神童」に出演し、その早熟さ、知識、聡明さをしらしめた。その7人で最も若い二人がゾーイとフラニーでゾーイは華奢だけど美貌の俳優で25歳、フラニーは名門女子大の学生で20歳、これまた美貌の持ち主。大学では演劇をやっていたが、他人のエゴが目に付きだし、自分の自意識過剰や思春期の潔癖性もあって、嫌なものへの反感が強まり、心が不安定になっている。そして、長兄次兄の与えた子供の頃の教育の影響もあって、心の安楽を得るためキリスト教を求めつつある。そんななかボーイフレンドとのデートでフラストレーションが溜まり失神し親の元に返る・・・これが「フラニー」。 十代、独身、孤独、ニートetc・・・ひとつでも当てはまるなら読んで損はない(かも)
P34、38、39のフラニーの台詞を読むだけでもかなり共感し、救われるものがあると思う。人との接し方、愛し方、人生に対する態度といった将来への抽象的な問題に対して、謙虚と誠実さを守りたいという気持ちが、いかにも若く考えに余裕のない感情に支配されているはずの少女の口からガンガン出てくる。「なんでこんなに周りの連中は羞恥心がないのかしら!?」とまくし立てるサリンジャー節が読んでいて爽快です。海外小説みたいな距離感をまったく感じさせませんね。 いまでも一番大切な本
学生時代に読んでから、39才の今日まで変わらぬマイベストbookです。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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