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きみのためのバラ

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きみのためのバラの商品レビュー

5.0 硬質で透明な短編集
世界中、さまざまな場所を舞台につむがれる短編集。
それぞれの土地の空気が物語ひとつひとつに閉じこめられて、写真集を眺めたような読後感。
このひとの言語感覚は、硬質で透明。
「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」なんて、タイトルだけでノックアウトだ。
表題作「きみのためのバラ」。ウナ・ローサ・パラ・ティというスペイン語のひびきがすてき。「これから百年でも忘れないという気持ちで彼女の顔を見て」という一文にぐっとくる。それって恋の本質だよなあ。
それにしても、これだけ多彩な語り手を持つ小説を、それぞれに合う自然な文体で書きわける技のあざやかさよ。おそれいりました、という感じ。
5.0 真の意味での名作とは
映画マニアのはしくれである自分にとって池澤氏は、ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロス作品の字幕翻訳(彼自身とも親交が深い)としての方が馴染み深い。
世界各地を舞台に、出会いと人生をテーマとして綴られる物語。文学的な修辞や技巧を省いた、直接的とも言える話法は、高名な肩書きからは拍子抜けする程の読み易さだ。
しかしそれはあたかも、制球力に長じたベテランピッチャーの円熟した投球術、あるいは好守備をファインプレーに見せない名野手のフィールディングを思わる、力強い安定感を思わせる。
なおかつ味わいを感じさせながら、淀み無く一気に読ませる風通しのいい文体がいい。
ヒューマンストーリーの良心を見るような作品群である。個人的には「全ての結婚は国際結婚のようなもの」という言葉が真理を突いているようで耳に痛い(笑)「ヘルシンキ」、若かりし日の米大陸一人旅(現在の妻とのドイツ旅行での、同じ場面から始まるという導入部がいい)のメキシコ人少女との切ない解逅を描いたタイトル作(こんな引用も何だが、まるで昔聴いていた「クロスオーバー・イレブン」のストーリー・テリングもかくやだ)が秀逸。その中で、まるでライトノヴェルのように呆気無い「レギャンの花嫁」がやや場違いだが、初出元がレジャー情報誌だからしょうがないか。
3.0 旅の断片
久々の短編集。
テーマを絞ったものではなくて、スケッチのように何種類かの光景が描かれている。
なんでもない光景から物語を感じ取ることができる。
これも旅をすることの醍醐味。
日常から離れることで、日常を認識することができる。
日々の生活に追われていると、ぼくらの感覚は麻痺してしまうのかもしれない。
4.0 さまざまな関係性が織り込まれた珠玉の短編集
 外国を舞台に、さらには外国人を主人公に小説を書くというのは、なかなか“たいぎい”ことだと思う。まぁ神話とか時代小説ならかえって荒唐無稽に展開もできるだろう、現代小説のそれは、余程の想像力が必要だと思うんだよね。破綻なく、さりげなく。じゃあ、あえてやる意味とは?少なくとも日本のムラ社会を突破していくトライアルにはなると思うんだよね。想像力を限定するな!っていう。文学が、自分の中の他者、他者の中の自分を見出す試みだとすればさ。他者って必ずしも身近にいる日本人だけじゃないもんね。ガイジンも亡者も動物もヌイグルミだって他者なんだからさ。
 冒頭の「都市生活」は、舞台は東京、登場人物も日本人だけど、これはこれで、都市生活者のリアリティーがよく描かれている。都市のシステムに対する苛立ちとか、その場限りの一瞬の出会いと別れの心地よさとか。「いきなり知らない人にこんな話を聞かせてしまってごめんなさいね。でもねえ、きっと知らない人だから話せたのよ」っていう都会のやさしさ。逆に、「よそ者を見ると嫌がらせをする住民がどの町にもいる。閉じていて、隣町とそっくり同じくせに、傲慢で、他人を排除しようとする町」なんてのは、日本の地方だけじゃなくて、世界のほとんどの町がそうなんだろう。
  一番お話として面白かったのは沖縄を舞台にした「連夜」。なかなか、こういう関係性って、これまでは望んでいても成立しないものだったけど、今の出会い系の需要って「アレ」だけじゃない気がするんだよな、こういう作品を読むと。
  手近なものばかりで済ませようとしない、さまざまな関係性が織り込まれた珠玉の短編集である。
4.0 言葉への信頼と期待
8編が収められたこの短編集は言葉の持つ癒しの力への信頼と期待が交錯する作品集であると思う。
『レシタションのはじまり』は、アマゾン奥地のジャングルで出会った原住民達の不思議な呪術の物語。意味はわからなくとも聞くだけで癒されるその言葉。重要なのは、意味がわからなくても効果はあるのだが、動物には効果がないこと。つまり、何かしらの意味を相手が伝えようとしていることを解する者であれば、その言葉は限りない癒しの効果を持つのである。意味が伝わることではなく、伝えようとすることに意味がある。それは、表題作の『きみのためのバラ』でも同じで、主人公は、メキシコであった女性にほとんどしゃべれないスペイン語をもどかしく思いながらも、一言だけ「君のためのバラ」と言って花を渡す。伝わらない気持ちを伝えようとする行為、それ自体に意味があるのだ。
『都市生活』『ヘルシンキ』『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』では、いずれも登場人物はほとんど見ず知らずの初対面の相手にきわめてプライベートな告白を一人語りのように語る。語ることで癒され、そしてそれを聞く者も、聞くことで癒されてゆく。
そして、その物語を読む私も、少しだけ癒された気分になりました。

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