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秋月悌次郎が蝦夷地に左遷されている間に薩長同盟の成立、大政奉還、と時代は急展開し、薩長はもちろんのこと、徳川慶喜からも見捨てられて朝敵とされた形になった会津藩。 悌次郎は会津藩を救おうと必死の努力を続けるが、心血を注いだ嘆願書も意味を持たず、戦火は会津若松城下まで及ぶ。 官軍相手の開城交渉、そして旧知の長州藩士への謹慎中の嘆願と悌次郎の努力は続く。その最中に詠んだのが、北越潜行の詩(ほくえつせんこうのうた)であり、彼の苦悩が焼き付けられている。 その後、預かりの身をへて赦免され、維新後は官吏を経て熊本にある五校の教師となる。 この時、同僚となったラフカディオ・ハーンは、悌次郎のことを神様のような人だ、側にいるだけで暖かくなる、と最大級の表現で書き残している。 このように、赤誠で維新の苦難に立ち向かった悌次郎の人格は、ハーンを始めとする同僚や生徒達に深い感銘を与えている。 修学旅行の際に老齢に達した悌次郎が生徒達の道行きを助けるために自ら草を刈って泥濘に蒔いたことや、薩会同盟当時の旧知の高崎が訊ねてきた日、旧交を温めて予習が出来ず、次の日の授業にその理由を述べて授業を行わなかったなどという教師時代の幾つかの逸話も、悌次郎の為人を表している。 最後に悌次郎が教師としてその人格を生徒達に伝えたことは、生徒達にとってはもちろんのこと、悌次郎の人生にとっても大きな救いであり幸いであったのではなかっただろうか。 およそ幕末の陰謀に向かないこの秋月悌次郎という人物の小説を読み終わってそんな想いが胸に残っている。