米軍の本質は今日と変わらず
壮大な叙事詩である本作の最終巻は、レイテ島に展開した陸軍第35軍の転進の顛末に終始しているので、あれだけ苦心して読みつづけてきた上、中巻に比べればはるかに読みやすい内容です。それはレイテ島から、いかにセブ島へ転進するかという行為に集約されているのでわかりやすいと言えるのですが、その結末として、軍司令官の戦死という現地作戦軍最高指揮官もが戦死するレイテという地獄のすさまじさが伝わってきます。規模として軍単位の投入ということでは、インパール作戦と同規模で、どちらも最悪の戦場であったことには違いありません。インパール作戦は高木俊朗氏のシリーズ小説での追求による結論は、あの作戦は必要なかったということ。しかし、「レイテ島は天王山」と大本営に謳われた現地作戦軍は、たとえ主戦場がルソン島へ移っても、そこで戦い抜くしか逃げ場がありませんでした。その結論が永久抗戦。勝手に自活し投降せず永久に戦い続けよというもの。そのため数万のレイテに取り残された将兵は、結局、著者の結論ではわずかな帰還者数と投降者数を差し引けば、その大多数の残留者がすべてレイテに消滅したものとしています。何月何日のどこそこで誰彼が戦死したことまで調べ上げたにもかかわらず、その結末が、一体どこでどのようにレイテの土と消えていったまったくわからない幾多の莫大な戦死者数。
当然、そこの住人であるフィリピン人の被害も甚大なのですが、日本も米国もいわば彼らにしてみれば侵入者。マッカーサーという一人の最高指揮官によっていかにこの戦いの主導権が握られていたのかという実相の解明は、「他人の土地で儲けようとするとき、どういう目に遇うかを示している」という著者の結論は、今日の米軍の軍事行動にまったく同じ言葉で当てはまることに気づくものです。