死後の世界より大切なものが、この本にはある
60年代末、キューブラー・ロスは末期患者の精神面のケアに取り組んで、アメリカにおける終末医療の先駆者であったが、80年頃から死後の世界を語るようになり、そのことで自宅に放火されるなど大変な「迫害」をうけた。死後の世界については、多分に宗教的な問題をはらむため、その存否について議論することはなかなか容易ではないが、たとえば遠方でなくなった人が亡くなったちょうどその時刻に親しい友人を尋ねてきたといった不思議な話は昔からたくさんある。
多数の末期患者のカウンセリングを続けてきたロスが、彼らが共通して語る死のイメージに重大な関心をもち、自らもロバート・モンローのヘミシンク実験に参加して幽体離脱などの超常現象を体験、死後の世界があることを信ずるようになったことは、自然な成り行きかもしれない。
しかし死後の世界を伝えることが本作の主題では決してない。
むしろ、死を迎える患者と家族との残された「生」の時間が重要なテーマであり、たとえば「お母さんは死んだら天国へ行くんだよ」というような、その場限りの子供への慰めを否定して、逝く者と残される者との真の相互理解による救いを模索している。
その意味において、最近では坂本政道、少し前では丹波哲郎のような「死後の世界は素晴らしいのだから、死を恐れる必要は何もないのだ」という単純な主張とは、全く異なる。
ロスにとって死とは、死に行く者自身のものであるよりもむしろ、残される子、親、夫、妻、恋人のものである。大切な人の死は、自分の死以上に避けて通ることは難しい。そこに思い至るとき、今まさに大切な人を失おうとしている人にとって、本書は大きな安らぎを与えてくれるだろう。
重ねていうが、死後の世界があるから死は怖くない、とは本書のいうところでは全くない。死に逝く者と残される者がお互いに理解しあうことで穏やかで満ち足りた死を迎える、そのプロセスが読むものに静かな感動と大きな安らぎをもたらすのである。
無宗教の私にとって「聖書」といっても過言ではない。ともあれ名著中の名著である。