古びない押し出しファイリングだが、改訂の意図は?
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自分なりの整理の刺激に
この本の新書版が刊行されて早いものでもう10年経った。この文庫版は今まで三冊出た新書版をテーマ別に再編成して四分冊に分けて刊行するのだという。この回は「押出しファイリング」。私の机の横の本棚には棚を二段占領して封筒がずらりと並んでいる。封筒の端に日付があり古いものは93年、新しいものは97年に終っている。つまり新書が刊行されてすぐこの押出し方式を試して、四年目に挫折しているということである。それはこの整理法の有効性がないということではなく、野口氏の方法をそのまま真似ただけということが敗因である。彼の生活スタイルと私のそれとはぜんぜん違うわけだから、システムを何処に構築するか、何を整理するか、どう使うかは自分で工夫すべきことであったのだ。
今回文庫版で読みなおし、新発見することはほとんど無かったが、自分の整理法を考え直すきっかけ・刺激にはなった。「情報をストックではなくフローとして扱う」という野口氏の主張は私の整理法にそのまま活かしながらも、また新たな整理に挑もうと考えている。
野口氏は「執筆後に生じた様々な変化に対応して、内容を改訂した」と書いてあるが、本文でデータベースやファックスについての意見を長々と書いて、終章の「その後の展開」でその利用法を否定するかのように書いている。最近まで氏の書物を読んできた読者には明らかなことかもしれないが、10年ぶりの読者や、初めての読者には不親切である。続巻では細かな改訂を期待したい。