扱っている内容はすばらしいが。。。
ここで述べられている内容はとてもエキサイティングだ。50年あまりの挑戦がことごとく失敗に終わり、誰もがあきらめていた太陽系外の惑星探索。それが1995年に突然転機を迎える。また数式や必要以上に難しいグラフを使わず記述しようとしている態度にも好感を覚える。
しかし特に後半文章が読みづらいのには閉口した。いきなり個人的な意見の陳述が始まる。同じ内容が繰り返される。あるいは「研究者の素顔紹介」が始まる等。
それらは内容的には面白いのだが、ごちゃまぜに記述されているため読み進めるのが苦痛になる。
誰か文筆を生業とする人が、この本の内容を完全に書き直してはくれまいか。
知的興奮の書
近年急速に進歩した系外惑星についての観測事実から、
宇宙の中での太陽系の位置づけを考える本。
太陽系の成立は、宇宙の中でで特殊な出来事だったのか、
それとも、ありふれた出来事だったのか、
著者なりの推論で結論へと導きます。その議論は、われわれ人類とは何なのか、
そしてどこへ行こうとしているのかを考えさせ、
知的興奮を覚えます。
「科学革命」最前線からのライブ感あふれるレポート
「異形の惑星」―なんと魅惑的なタイトルか。灼熱の水星、巨大な木星、極寒の冥王星…太陽系の惑星たちでさえ十分に異世界であるのに、それがごく平凡にみえてしまうような惑星がまさに今、続々と発見されているというのだ。1年がわずか数日、母星すれすれを猛スピードでかすめる巨大ガス惑星や、あまりにも長円形の軌道を描くため、夏冬の温度差が130度という惑星! 想像を絶する世界が幕を開けつつある。40代の気鋭の惑星物理学者である井田氏は、西部開拓時代のゴールドラッシュのような熱気と知的興奮にあふれた天文学の「いま」を、魅力たっぷりに描き出している。 だが、これら惑星にも増して興味深いのは、科学者たちの闘い、ドラマである。1990年代前半、太陽系外の惑星を探す試みがことごとく失敗し、惑星物理学は白旗を掲げかけていたという。世界最高の知性たちが繰り返した失敗、彼らは宇宙、異界を探しながら、無意識の前提として「地球/太陽系に似た惑星」をおいていた。まさしく「異形の惑星」は異界のものとして、彼らの意識の外にあったのだ。「宇宙、星々を追い求める彼らこそ、実は最もこの地球に依る人々であった」こと、本書の最大のヤマ場はここにある。
本書後半、井田氏は地球型惑星の存在する確率をめぐって筆を進める。「地球は決して奇跡の星なんかではない。」惑星物理学の最前線に立つ筆者もやはりまた、地球への想いにとりつかれた一人であったのだ。
5年後、あるいは10年後、井田氏にはぜひ「なぜ地球なのか」、天文学者!たちを突き動かす地球への想いそのものをめぐって、再度このテーマを上梓してほしいと思う。