「わたし」の意味
ある日、普段どうりスタスタ歩いているとイーガンさんに出合った。
イーガンさんがいうことにゃ「ちょっと、自分の足元を見てごらん」。
で、下を見ると…あると思ってた地面はなく、真っ黒な虚空が広がるのみ。
それじゃ、どうして歩けていたかというと、
踏み出そうとする先に、ちょうど足がのるだけの大きさの円板がパッと現れ、
そこに足がのってもびくともしないけれど、足が離れると、すっと消える。
ただ、これの繰り返しだったのだ。
気づいてしまったこのときから、恐怖と不安に捕われる。
その円板は何なのか、どうやって現れるのか、これからも現れてくれるか…?
いままでずっと大地を踏みしめてると思ってたのに!もちろん、”自分って?”について考えたり読んだりしたことはあるけれど、
この本の物語の中で様々な角度から直面させられると、やはり感じる重みが違います。
(特に「ぼくになることを」、ズンときます)
それに、イーガンさん、やっぱり物の語りがうまい!
「ぼくになることを」のどんでん返しは見事だし、
「無限の暗殺者」はおもしろいパズルを解いた気分にさせてくれるし、
「繭」は上質のミステリーだし、「貸金庫」のラストの、主人公の健気さは泣かせるし…。
それに、素人考えで、EPRは瞬間的な情報伝達に利用できるんじゃないかと思ってたんだけど、
「ミトコンドリア・イヴ」の主人公のセリフ数行であっさり霧消。うぅ、確かにそうです…。
これは、私にとってうれしいおまけでした。
ところで、私が読んだのは三刷なんだけど、425ページのこの文…
「…兄は、微笑みを絶やさずにはいられないのだった。」
あれ?
私にはついて行けませんでした
~量子論の理論や思想を拡張した作品が多いので分かりにくい、
という面はもちろんありますが、解説を読んで気付いた、
アイデンティティの問題が大きいようです。ただでさえ不確定性という、ややこしい量子論がベースにあるのに、
一人称“視点”(必ずしも一人称“記述”ではないですが)なので、
読みにくさが増しているので、
合わないとなった人~~にはどの作品も徹底して合わないでしょう。~