犬の使い方が面白くない。
“物言えぬ証人”すなわち犬のことですが、表題にするには出番が少なすぎじゃないでしょうか。犬好きとしては、三毛猫ホームズ以上の活躍を期待したのですが。
アガサが最も愛した犬をモデルとした犬が、事件解決の重要な鍵を握る本格派ミステリ
アガサは、幼少の頃から犬が大好きな人で、自伝では、五歳の誕生日に初めて自分の犬を買ってもらったときの「信じられないような喜び」に、口をきくことも、当の犬を見ることもできず、一人トイレに引きこもり、感動の瞑想に浸る微笑ましい様子が描かれている。そんなアガサが、生涯のうちで最も愛した犬が、ワイヤヘアード・テリアの「ピーター」だといわれており、その「ピーター」をモデルにした「ボブ」が殺人未遂事件にかかわり、ポアロに、事件解決の重要なヒントまで与える役割を演じているのが、この「もの言えぬ証人」である。小緑荘の独身の女主人が、親類縁者をさしおいて、全財産を家政婦に与えるという驚くべき遺言状を残して、病死する。病死する直前、女主人は、事故を装った殺人未遂事件の被害者となっており、命の危険を感じた女主人は、遺言状を書き換えるとともに、ポアロ宛てに、疑惑と恐怖を訴える手紙を残していたのだ。病死から二カ月以上も経ってからその手紙を受け取ったポアロは、女主人が死んだという意味の重大さに思いを巡らし、病死にもかかわらず、調査に乗り出す。
この本を読む前には、犬が事件解決の重要な鍵を握る作品ということで、ミステリとしての完成度という点ではイマイチかと、読むのに腰が引けた面もあったのだが、最後にポアロが解き明かすトリックは、堂々たる本格派ミステリのそれであり、見事に、アガサにしてやられた。
ちなみに、「ピーター」は、アガサが、「一匹の犬のほか、すがりつくものがないという絶望的な状況」と振り返る例の失踪事件の際、完全にひとりぼっちとなった彼女に、愛と慰めを与えてくれ、彼女の唯一の心の支えとなった犬であり、本書は、最大級の賛辞の言葉とともに、その「ピーター」に捧げられている。