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荒地の恋の商品レビュー その時代を生きた詩人達の生き様
北村太郎も田村隆一もそしてねじめ正一も、不勉強でよくわからない状態で手にとりました。 詩を書くこと
ねじめ正一は,同じ詩人として,詩を書くことが生きることにどうつながっていくかを,北村太郎の人生を通して,正面きって書きたかったのではないだろうか.北村太郎と田村隆一の関係もさることながら,加島祥造の恋人だった15歳年上の才媛と,死ぬまで極秘結婚していた鮎川信夫の生き方も,詩人がそれぞれ守り抜いたものをあらわしていて印象的である. 北村太郎って人物を通した人間賛歌の趣き
久々に「私小説」風を読んだ。ねじめ正一が書く北村太郎の私小説。まあこの生き様といい、日記や手紙や詩が挿入される手法といい。俺は現代詩とか詩人にはめちゃくちゃ疎くて関心もないんだけど、意外に詩人というのは普通の人なのだなぁ、という感想を持った。波乱万丈といえばそうなのかもしれないけど、夫婦関係、親子関係、友人関係、師弟関係、恋愛関係、どれひとつとっても、その感覚って突飛でもないし違和感もない。逆に、アメ車に乗ってほとんど足を使って歩かないっていう鮎川信夫の日常は、詩人って先入観を突き崩す。詩作を、ある種一般の人にとっての労働に近いものとして捉えている感覚も新鮮。 詩人でありつづけることの栄光と悲惨
昔、NHK教育の若者向け番組のなかで、田村隆一がインタビュアーの齋藤とも子(女優、のちに芦屋小雁と結婚するが離婚)に、「あなたたちのようなマクドナルドのハンバーガーがあたりまえになった世代は感受性が違ってくる」というようなことを言っていた。今にして思えば慧眼である。『荒地』の詩人たちのなかで、70年代の消費社会化という日本社会の構造的変化にきちんと対応していたのは、田村だったと思う(それと、吉本隆明も)。その対応は、「詩人」というキャラクターを貫くことでなされた。この時代、現代詩にくわしくない読者でも「詩人」として知っているのは、谷川俊太郎と田村隆一だった。 私小説家のような痛々しい詩人の私生活
北村太郎は、田村隆一の奥様、明子さんと恋愛関係に陥ったことを、そのまま妻に明かす。これって、けっこうキツイことだと思う。妻にも、夫にも。それから、明子さんとの生活が始まるのだが、田村隆一が奥さんを呼び戻すと、北村は身を引くのだった。愛を求めるというよりは、より大きな心の傷や葛藤を作り出すための人生を送っているかのような私小説家のような詩人の生涯。そこまでしないと生れないなら詩なんていらないと思ってしまう。純粋というより、子供みたいだなと思った。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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