冷静に評価すべきだか読む価値あり
会計検査院の合法性からの逸脱が出来ない事については、戦後直後に
行政学の指摘があり、また財政民主主義手続きに乗っ取った予算・執行
・決算の三年周期の原則からすれば、決算審査の「遅さ」への指摘はお
かしい。さらに、なぜそういった特殊法人が残っていったか、という
分析は、第一次臨調以来、行政学や政治学では連綿たる研究が多く発表
されていた。また、資金が余っている、というのは、マクロ的な企業部門
の資金余剰との絡みで指摘しなければならない筈だが、一貫してミクロな
視点のみで叙述されている。このため郵便貯金と財投がストレートで結び
ついたような書き方になっており、事実からすればややおかしい。 こうした点を強く見れば、この当時のアカデミックな水準から見て、
この本の主張にオリジナリティを見るのは、やや過大評価の嫌いがある。
が、ルポタージュとして見ると評価は一変する。特に、研究レベルで
為されなかった特殊法人の出資を伴わない互助会や認可法人の驚くべき
蛸足的実態、「熟眠法人」を巡るブローカーの告白、互助会を経由した
公益性を全く無縁のサラ金貸出等々、今までアンダーグラウンドでしか
語られなかった「暗部」を見事に抉り取った。
この本でのクリティカルな主張は、上は事務次官経験者、族議員から、
下は認可法人の従業員まで、この国の公共部門に属する存在が、上も下
も皆それぞれに腐敗し、その腐敗に一般市民が乗っからざるを得ないと
いう構造を暴いたことそのものであり、これは残念ながら現在でも妥当
する部分を強く持っている。その意味で、この本の指摘は未だ色褪せて
おらず、賛成批判の立場を問わず、現在でも一読に値する書物である。