流れのよい対談とは言いにくいが、学ぶ点が多い良書
渡部昇一氏の著書や対談は話題が多岐に渡りますが、孔健氏との対談は国柄と論語との関わり、中国権力闘争の内幕、論語の内容といった話題に絞られています。題名は過激で内容を適切に反映していない点が不満ですが、学ぶことの多い良書です。 孔健氏は孔子75代の子孫で、中国政府広報である中国画報社の日本駐在員として来日、仕事をしながら上智大学大学院新聞学科を終了します。そのため直接の恩師-弟子ではないものの教師と教え子の対談という形になり、渡部氏と谷沢永一氏、孔健氏の独筆に比べると雰囲気に緊張感があります。しかし、あとがきで孔氏が述べる通り、渡部氏が問いかけを通じて孔氏の考えを上手く引き出し、話題をリードしており膨らみのある内容になっています。学んだ点をいくつか紹介します。
・「子供が一人の場合には、どうしても子供が主人(マスター)に、親が召し使い(サーバント)になってしまいます(P. 123)」…親は子供が無条件にかわいい、しかし、子供が何人もいれば子供の親に対する需要量が増え、相対的に子供に対する親の価値(権威)が強まるのでしょう。当然の話ですが、改めて目を開かされました。
・「子イワク、觚ニシテ觚ナラズンバ、觚ナランヤ、觚ナランヤ(P. 249)」…觚は角のある盃で、觚の特徴である角を失った觚はもはや觚ではないとの意味です。それを「勉強をしなくなった学生は、あに学生ならんや」、「日本のことを考えなくなった日本人は、あに日本人ならんや」という渡部氏の指摘は身に摘まされます。
本書の根底をなす論語は年代、機会を問わず学ぶ点が多数あります。その論語の魅力に触れる本としてお勧めです。また、文中で紹介されている中島敦『弟子』、渡部昇一・谷沢永一『人生は論語にきわまる』(PHP研究所)も手に取ってみてはいかがでしょうか。