ユートピア
壮大なスケール、非凡な着想。著者の才能を感じさせる。ストーリーの中で、犯罪の90%は男性が起こすという事実が明らかにされる。そこから、もし男性がいなければ…と考えるのは分からなくもない。
しかし、すべての男から攻撃性を奪って、それで幸福な社会が出現するだろうか。それは、虎は危険だから牙と爪を抜いておけと言うに等しい。
まず第一に、羊のように飼いならされた男ばかりが住む社会は面白くもなんともないであろう。
二番目に、男の攻撃性というものは文明が発展する上で役立ってきたし、これからも必要な場合がありうる、ということである。ある作家によれば、多様性が失われた種は簡単に絶滅してしまうらしい。攻撃性も、人間の多様性のひとつである。それを取り去り、男性を均質化してしまうことは、長い目で見れば人類という種にとってプラスにはならないのではないか。ずっと現在のような状態が続くのならいいが、環境が激変したとき、攻撃性を失った人類は変化に対応できないだろう。
男の攻撃性をなくすという考えがもっとも疑問なのは、人間を一面的にとらえ、まるでゲームのプログラムのように扱っているところである。プログラムにバグがあればそれを修正して問題が解決するように、人間の遺伝子を操作して攻撃性をなくせば平和になると考える。だが、人間とはそんなに単純な存在だろうか。人間の行動や心理は、1+1=2というような簡単に答えの出るようなものではないはずである。遺伝子をいじって問題を解決しようという姿勢は、薬を飲んで不安を取り去り、悩みを解決しようとするのと同じ、短絡的な思考に思える。人間や社会は、もっと複雑で、一筋縄ではいかないものではないだろうか。別の作家は、人間が頭の中で作り上げたユートピアは、実際の人間活動の不可思議さには対応しきれないと書いている。
この小説のような世界が実現したとしても、そこには予想だにせぬ問題が起こり、ユートピアは破綻してしまうという気がしてならない。