「失敗しなくなったときはじめて、成功するのだ」
最初フラーは失敗続きだった。たとえばダイマクシオン・カーおよびダイマクシオン・ハウスなるものを発明して、会社をおこし、ことごとく倒産・破産させていった。なぜダメだったかといえば、デザインがクソで、性能がダメな、アイデアと信念だけでふくれあがった素人仕事の産物だったからである。ダイマクシオン・ハウスは、今では誰も見向きもしないSFマンガに出てくるようなデザインのプレハブ住宅だし、細かい内装その他についても素人まるだしである。ダイマクシオン・カーにいたっては、3輪で小回りがきくという歌い文句はよいとしても、速度があがると3輪のうち、駆動輪である後輪(これはひとつだけ)が浮かんで地面から離れるというシロモノであった。 また会社をつぶしてしまったフラーは、友人の声を掛けられ、あの伝説の非認可大学、存続していた25年の間たった55名の卒業生しか送り出さなかったブラック・マウンテン・カレッジ美術学校に、夏だけの代理教員として職を得る。彼はそこで学生たちといっしょにドームをつくった。最初はブラインドの廃材でつくった。最初に考案したドームはたわんでしまって自重を支えることができなかった。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ……。
フラーは学生たちを元気づけてこう言っている。
「失敗しなくなったときはじめて、成功するのだ」
ジオデシック・ドームが唯一の成功品といっていい、フラーの失敗人生あって初めていえる言葉である。
ドームの完成は、フラーが暮らしをたてていくのに、ぎりぎりのタイミングで間に合った。フラーはそれまでに何百もの紙の模型をつくっていた。