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「ギフト」「ヴォイス」そして「パワー」。どれもその世界にぐいぐいと引き込まれる、すばらしい作品でした! 中でも「西の果ての年代記」三部作の最終巻である「パワー」は、過酷な運命を辿る主人公と共に、様々な感情が胸に沸き起こり、時に苦しくなるほどでした。 その全てを乗り越えてきたからこそ、オレックの元に辿りついた場面では、重い扉が開き、眩しいほどの明るい世界が開けたような、重石が急に取り除かれたような思いに、にわかに信じられないような思いがし、思わず涙がこぼれました。 私たちは奴隷制度のなかで生きている訳ではありませんが、自由とは?本当に私たちは隷属してはいないのか?思わず考えずには居られません。 様々な感情が細やかに描かれているだけに、まるで一つの人生を生き抜いたような、あるいは思い出したような、不思議な読想感でした。
いよいよこの「西のはての年代記」シリーズ最終巻です。 第一巻は「北」、第二巻は「南」、そして第三巻は中央の都市国家を扱っています。 主人公は、ガヴィアと言う少年です。 (カスプロ、グライ、メマー、そしてシタールが最後に登場します。) ガヴィアは水郷地帯の出身者ですが、都市国家エトラの少年奴隷で、一緒に連れてこられた姉サロと暮らしています。 ところが、サロが殺害されるという事件があって、ガヴィアは逃亡します。 その後、自由独立を旗印にしている<森の心臓>に住み、そこから出生地水郷地帯に向かいます。 その後、<ヴィジョン>に導かれてメサン(ウルディーレ)に向かいます。 このガヴィアの物語は、冒険小説として一気に読み切れる楽しさがあります。 この三巻を通して、様々な奴隷制度の形態が示されます。最期の地ウルディーレは、そうした奴隷制度のない自由の国として描かれています。 今回のガヴィアは、当初温かい家族的な雰囲気の中で、その奴隷制度に何の疑問も持っていません。彼は、放浪する中で、「自由」の意味を徐々に理解して行きます。 それと同時に、<森の心臓>でのように、立前は「自由」を御旗に掲げていながら、権力で人々を奴隷のように扱っている状況も描いています。 現代社会においても、奴隷制度そのものはないものの、格差の大きな社会になりつつあり、支配・被支配の問題は、生きていると言う事に対する問題提起のように感じられました。
まったく、ものすごい爆弾です。 読者は1、2巻とは全く異なる次元へ連れていかれて(強制連行されて)しまいます。 1、2巻は、さそい込むトラップだったのでしょうか?怖すぎる。 架空の世界でありながら、これは人間、文明の正体そのもの、縮みあがってしまいます。 911うんぬんはもとより、アフリカ、中東、アジア各地、中南米などなどを他人事と思えず、人間自身の問題として思い悩む方々には、たぶん本当にきつい読書となるのでは、と思います。 人間が造る社会や文明の必然としての支配と被支配、セックスと暴力について 「ようくわかりました!後生ですからもう勘弁してください!!」というくらい繰り返し見せつけられる。 <以下、少し結末に関連しますので、読みたくない方は飛ばしてください> 主人公は、3つのパターンの社会を一つ一つ煉獄巡りし、その度に常に裏切られ傷つけられます。 そしてついに理想郷にたどり着くのですが、最後の最後にビクッとさせられる事が。 つまり、ここでも裏切られるのではないか、という恐怖が一瞬頭をもたげるのです。 ガヴはついに安住の地にたどり着いたのでしょうか、 それとも、「この理想郷は本当は絵空事なんだと重々承知ですよ(ニコッ)」とルグインは最後の一刺しを用意したのでしょうか。(ああオメラス・・) この部分で私は呼吸が止まってしまいました。 もちろん物語としての大団円は救いでした。ごまかしはないと思います。 しかし、ルグインの本意はさらに上を行っているように思ってしまうのです・・
「ギフト」「ヴォイス」の続き物という色合いはかなり薄いですが、紛れも無く「西のはて」の物語です。自分でも、読んでいて顔が歪んでいくのがわかるくらい強烈な内容ですが、これで終わるのがもったいないし、まだまだ続きが読みたい、そんな作品です。