しぶさわ丸 夢の彼方へ
『高丘親王航海記』の夢幻譚に陶然とさせられてからしばらく、
そのうちにきっと読もうと思っていた澁澤龍彦さんの『うつろ舟』。日本の古(いにしえ)の話や、中国の怪異譚『聊斎志異』に題材をとり、
自由にイメージをふくらませた話が全部で八つ。
順に、「護法」「魚鱗記」「花妖記」「髑髏盃」「菊燈台」
「髪切り」「うつろ舟」「ダイダロス」の短編が収められています。
人魚や魚、蟹と舟など、水にまつわる話がいくつか収められていたから
でしょう。この作品集に、水の魔法が強く働いているのを感じました。
「魚鱗記」「菊燈台」「うつろ舟」「ダイダロス」の各作品。
とりわけ心惹かれたのが、「うつろ舟」と「ダイダロス」の二篇です。
諸行無常
是正滅法
生滅滅已
寂滅為楽
時空を超えて、この四行の言葉がさすらい、鳴り響いている
「うつろ舟」の物語。
自分たちの首をお手玉のようにして投げ合う男と女。
その一場面を読んで、あたかも奇術師の手品を目の当たりにしている
心持ちになりました。『聊斎志異』の中の「偸桃」の話に、
「ひゃっ! なんかいいね、この掌編は」と感じた、
その時の感触に通じるワンシーン。思わず見とれてしまっていました。
海辺の砂上で朽ち果てていく船を舞台にした、作品集の掉尾を飾る
「ダイダロス」の物語も素晴らしい。
鸚鵡(おうむ)と絵の中の美女が喧嘩する場面からラストまで、
一場の夢の如き話に魅了されました。
夢幻の境に心を遊ばせ、自由に話を織り上げていく
マエストロ Tatsuhiko Shibusawa。
きらめく銀のタクトを一閃。
幻想の翼に乗って、物語が滑り出していきます……