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ユダヤ人資産家ダッソーの邸(「森屋敷」)で、滞在客の老人が、 頭部を殴打され、背中を刺されて死んでいるのが発見される。 現場には、ナチス親衛隊の短剣の柄が残されており、なぜか刃は消えていた。 被害者がいた三階の部屋は外側から施錠されており、二階は当主とその知人に よって、一階は二人の使用人によって、部屋につながる階段が監視されていた。 さらに、屋敷自体に厳重な戸締りがなされているため、 いわば、三重密室という状況だった。 やがて、三十年前のユダヤ人強制収容所においても、 三重密室殺人事件が起きていたことが明らかになり……。 「森屋敷」の三重密室トリックは「密室から出ることが、密室に 入ることになる」というメビウスの輪的な逆説を体現したもの。 密室の性質を掴めさえすれば、即座に犯人を特定できるという点が秀逸です。 一方、収容所の密室で用いられているのは、シンプルな機械的トリック ですが、密室を構成する動機が、切実かつ凄惨なものとなっています。 現在と過去、二つの密室殺人は、三重であるという点で表面的には同質ですが、 「偶然にできた密室」(竜の密室)と「意図的に作られた密室」(ジークフリートの 密室)という点で決定的に異なった対照的な意味づけがほどこされているのです。
ミステリーと言えば、人が死んで、刑事が捜査につまずいて、主人公が解決するだけと思っていた私は、本書を読んでその深遠さに驚かされました。筒井康隆氏も岩波新書で「哲学とミステリーの至福の出会い」と評されています。 主人公は現象学的直観をもとに事件を解決していくのですが、目的は事件の解決ではなく、そこに生じた「人間の死」に対する哲学的考察なのです。現代のパリで起きた三重密室内の死と三十年前にユダヤ人収容所で起きた同じく三重密室内の死が対比されながらも奇妙な連関を持ちつつストーリーは進んでいきます。これまでのミステリーが死を出発点とし、死の意味を問うことが皆無であったのに対して、本書では徹底して死の意味に挑んでいます。 無意味な死を大量に築いてきた20世紀、そして無意味な死からストーリーを展開していくこれまでのミステリーに対する、著者の強い抵抗を感じることが出来ました。
主人公は現象学的直観をもとに事件を解決していくのですが、目的は事件の解決ではなく、そこに生じた「人間の死」に対する哲学的考察なのです。現代のパリで起きた三重密室内の死と三十年前にユダヤ人収容所で起きた同じく三重密室内の死が対比されながらも奇妙な連関を持ちつつストーリーは進んでいきます。これまでのミステリーが死を出発点とし、死の意味を問うことが皆無であったのに対して、本書では徹底して死の意味に挑んでいます。 無意味な死を大量に築いてきた20世紀、そして無意味な死からストーリーを展開していくこれまでのミステリーに対する、著者の強い抵抗を感じることが出来ました。