消費ニューウェーブ漫才、オチはどうなる?
「消費資本主義のゆくえ」の松原と「捨てる技術」の辰巳の、消費をめぐるニューウェーブ漫才である。役割的には、辰巳がツッコミ、松原がボケだ。辰巳は、マーケターの顔を表に出さず、イキの良い消費者役としてツッコミまくる。松原は消費経済学者の立場に立っているという顔を出しながらも、消費が見えない売り手の立場を代弁してボケまくる。この二人のズレ具合がたまらなく面白い。かといって話が平行線になってかみ合わないわけではない。ズレが演出されていて、このズレの中に「消費の正解」が込められているようだ。単純なズレではない、双方が役割を演じつつも、時折辰巳の中にマーケッターの顔がのぞき、松原の中に一消費者の顔がのぞくのもまた一興。ズレは一瞬交叉し、絡んだかと思うとまたズレていく。ときおり顔を出す編集者が、また絶妙のタイミングでズレを新たな次元に連れていく。題名といい装丁といい、この漫才を仕組んだ編集者に★★★★★である。しかし、この漫才面白いだけではない、実際売り手と買い手はここまでズレてきているのだろうか。あるいはズレていると思っているのは、したり顔で消費不況を論じる我々だけなのかも知れない。消費不況というものがあるならば、それはこのしたり顔で論じることが作り出したのかも知れない。論じてないで、漫才に飛び込んで、売り手と買い手を一心に演じることでオチが見えてくるかもしれない。