芸術の存在への覚醒
ヘンリー・ミラーが自伝的作品の中で、称賛と尊敬の念を繰り返し語っているのを読んで以来、長い間この大著の翻訳が出るのを待ち望んでいた。
ミラーの緒言にはこうある。〈あらゆる知識をやたらめたらと頭に詰め込まれて感動や神秘的感覚にほとんど麻痺してしまっている若者に対して、〉〈彼の作品は今日一体どんな衝撃を与えることができるだろうか?〉と。人類のあらゆる時代にわたる膨大な芸術作品を射程に納めている作品なのではあるが、この本にはカタログ的なところは皆無なのだ。〈彼が僕のために蘇らせたのは芸術の呪文の如き「魔術」だった。そしてあらゆる研究と探求の後に戻って行かなくてはならないところこそ、まさに人がそこへ引きずり込まれ分別を失うことしかできなくなるこの魔術のもとへなのだ。〉
昨年10月に刊行された第1巻「古代美術」についで今回出たこの第6巻「形態の精神[1]は、上述のようにミラーの語る「魔術」を、より一層明らかに指し示してくれているようだ。
〈生そのものが偉大な芸術であり、至高の芸術はそれを生きることだということを知りさえすればいい。〉ミラー自身の生涯を貫くこのような主題を、最初に開示したのは恐らくこの書物であったろうが、70年の時をへだてて今、日本の一般読者の前にも展開され始めた。問いかけられ、試されているのは、今度は我々なのだ。