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悲望

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悲望の商品レビュー

4.0 「悲望」の方は、『もてない男』増補版に収録したらいいと思う
 書名にもなっている「悲望」と、「なんとなく、リベラル」の2作が収められている。何しろ著者はあのコヤノだし、帯にも「実録東大ストーカー物語」(当然、『東京大学物語』を意識してる)とあるので、ほぼ事実に違いないと期待させるが、実際に読んでみても、特に「悲望」はソノママって印象。学者の世界は経歴から個人を特定しやすいし、読者も学界ゴシップに興味津々の層だろうから、やっぱスキャンダラスだろうと思う。モデルにされた方は、たまったもんじゃないよネ。
 「悲望」は女性に縁のない超一流大学院生が先輩に恋して、断られても断られてもつきまとい、後を追ってカナダにまで留学する話(追って来られた側にすれば恐怖だったろうナ)。昭和と平成を跨ぐ頃の時代設定(って言うか、実体験だし…)。これを本人が語り手となって回顧するのだが、「今の私が、若い男から、こういう女性に恋をしているんです、と相談されたら、そんな女はやめておけ、と言下に答えるだろう」(p52)とか、「これには、やや犯罪的なものを感じる」(p64)とか、「こういう男は、一度徹底的に崩壊したほうがいいのだ」(p87)とか、「この挨拶を素直に『さようなら』と受けておけば(中略)、会話程度はできる関係に戻っていただろう」(p98)とか、自分の人生を小説のように読んで批評する。ちょっと将棋の感想戦みたいなところもある。
 「なんとなく、リベラル」は、もちろん『なんとなく、クリスタル』のモジリで、注もそれなりについている。主人公の女性英文学研究者は米国留学して二重国籍の韓国人と初体験し、帰国後は在日の研究者と結婚(この辺りの描写、悪くない)。セクハラ問題をめぐって勤務先の大学で苦い経験もし、その後9・11テロと日本の海外派兵(アメリカの影!)をキッカケにいよいよ左傾していくのだが、大学教員としての既得権益を手放すつもりはないし、天皇制に対する立場も曖昧で、要するに「なんとなく、リベラル」。著者自身は菰田という、主人公から「ヤな奴」と思われてる男として登場するのだが、ラスト、主人公の人当たりの良さの裏面に隠された酷薄さを照らし出す鏡となる。ちょっと金井美恵子のテイストも入ってるかな。
4.0 「小説は美しければいい」と断言した三島由紀夫、的視点からみれば、
 芥川賞候補になるには、最低でも梶井基次郎の『檸檬』を読んで「美文」と感じ取るだけの「文学性」を身に付けていなければならない、という一つの基準がある。『檸檬』を三度読んでも一向に「美文」とは感じなかった私でさえ、「いくらつきあいがあるからといって『文学界』はないだろう」と苦笑した。
 その一方で、大方の芥川賞作品はおしなべてクソオモシロクナイ、という基準もあるので、『悲望』が候補に挙がらなかったのは順当だろう。(芥川龍之介の小説は十分オモシロイから、彼はあの世で「その賞から儂の名をはずせ!」と憤怒しているにちがいない。)
 確かにおもしろくは読めた。ストーカーにならずにいられないほどの相手に恵まれた著者は幸せだ。が、これは二十年前の出来事を描いているわけで、長遠の時の経過の助けを借りて「薄気味悪い告白小説」を「良質なユーモア小説」へと見事に昇華させている。
 ただし、「ユーモア小説」として読むためには、読者は著者と同等の体験をした者に限られるかもしれない。著者はそのストーカー的心理状態を「一神教」と論究しているようだが、もてない男の場合は彼女のどこを愛すのかといえば、「彼女が彼を好きになったと彼に思い込ませた部分」に他ならない。それがすべてであって、彼女の性格や仕草や容姿や高学歴などはそのことを忘失させるための小道具にすぎない。(稲垣足穂が『弥勒』のなかで、「相手の人格や気立や思想に恋するなどは嘘である。誰しも先方の眼や口元のちょっとした癖に惚れ込むのである。中には先方の靴の釦にすら恋愛する者が居る」と助言している。)
 いずれにせよ、ストーカーになるには「自分よりも相手の方を愛せる滅私の心」が必要だ。(エゴイストは保身に走るゆえにストーカーにはなれない。)みっともない、なさけないと分かっていても、そうせずにいられないのがストーカー的精神情態なのだから。だとすると著者の「生命」の中には超特大の「愛の核」が潜んでいる事になる。「核」は用途を誤れば多くの命を奪ってしまう。平和利用に徹してもらいたいものだ。
5.0 恋愛弱者のバイブル
 これほどまでに赤裸々に男の片思いを描いた本があっただろうか。それが「文学」かどうかは別として、恥も外聞も捨てたキレイごとのない(恋愛弱者の)男の本音100%の直球である。この点では『布団』以上であろう。そのあまりの露骨さ、独りよがり具合にこの本で描かれるような経験の無い、すなわち恋愛弱者でない男女は読むと不快な気持ちになるかもしれない。

 この小説はエッセイ、研究書をはじめとするこれまでの数々の著作に現れた著者の恋愛思想の具体的な現れであり、決して広く人々の共感を求めるものではない。しかし少なくとも私は大変共感できた。実際、小説の中の記述と自分の過去の経験とが重なり、読んでいる間中何度も胸が苦しくなった(例えば恥ずかしいラブレター、相手に恋人がいるのではないかという不安、相手の勘違いさせる言動、拒まれるとわかっていても迫ること、周囲の男性に対する嫉妬など)。こういうのは倫理を超越したものだから「ストーカーされる側の立場に立っていない」などの批判は的外れである。これからも著者には「誰でも努力しだいで恋愛できる」という恋愛至上主義の価値観に楔を打ち込みつづけて頂きたい。
5.0 漱石的な自己治癒小説
「評論家肌の人の、自己治療小説」として、漱石的なものを感じてしまいました。

「漱石」とはまた、過剰評価かもしれませんが。漱石も落語好きで、癇癪持ちで、理屈っぽくて、ちょっと異常な性格の人でした。そして、異国に留学して、孤独に耐え切れなかった人でした。
そして、おそろしくくそ真面目な所から、自然にわいてくるユーモアも、共通しています。
5.0 行動までには移さない、でも誰もが一度は想像して踏みとどまった話
『もてない男』の著者の初の小説集。
おそらくその大半が事実に基づいており、
彼の恨みがましくかつおもしろい文章の源流というか、ガソリンとなった体験の記録である。
書いていることは壮絶でありながらも、わからんでもないというのが大抵の男の感想だろう。
二流大学以上の大学のもてない男はみなわかるのではないか。それ以下の大学になると童貞の数自体少なくなるし、童貞ならばこの本を超えるつらいフラれかたをしているかもしれない。
二十歳を過ぎても童貞を引きずっている男は、相手の一挙手一投足、気がある素振り(大抵は偶然)と、気のない素振り(こちらは意図して)のコケットリーに翻弄され、ミイラ取りがミイラになるがごとくに、ますます相手にはまっていってしまうのだ。その「ミイラ取り」になるには相手の行動分析力と言葉の文脈の読解力が必要であり、ある程度の学力のあるもてない男ほど、読解ができてしまうが故にはまってしまう確率が高い。

不幸なことに女の言葉は、面と向かって言われたことほど男の都合のいい誤読の仕様があるが、大抵それは偶然とか相手の言い間違いの場合が多い。私自身も、女性が飲み会で「彼氏がいない」と言ったのを、文頭に「今は」とつけたかつけてないかで、女性がいなくなった二次会の席で、男同士でちょっとした言い争いになったことがある。しかし、この小説を読むとあらためて実感するが、誤読しようのない文字で示されることほど動かしがたい事実なのである。

相手のことが好きで好きでたまらないという気持ちと、その人に嫌われたくないという気持ち。片思いの男の頭の中で2つの感情は天秤にかけられる。大抵の男は前者を捨てて後者をとり、相手にとって「気のいい男」に成り下がるのだが、中には前者が臨界点を突破して、「向こう側」まで言ってしまう人間がいる。この小説の主人公も向こう側に行ってしまったのだが、彼と我々に大差はない。
要は「度胸」と「覚悟」を持っているかどうかだろう。

どうでもいいことだが、あとがきで著者は厳密には主人公の行動はストーカー規正法にはならないと書いているのに、買ったときについていた帯にはおもいっきり東大ストーカー物語という文字。おそらく編集者の考えたコピーだろうが出版社もいいかげんだなぁと思った。
まぁ売れればいいんだろうし、実際に面白いからいいんだけどさ。

芥川賞候補にはならなかったらしいが残念だ。文章の上手い下手に関わらず面白いんだから。
私としては、受賞記者会見での第一声で会場に喫煙所がなかったとクレームでも付けてくれたら痛快だったのだが。

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