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悲望の商品レビュー 著者は評論家に留まるべし
ハッキリ言って駄作である。なぜ『文學界』になど載せられたのか首をかしげるほどだ。文体も随想文のようで、とても小説の体をなしていない。途中で何度も投げ出そうと思った。とくに表題の内容は臭気フンプンたる狭い学歴エリート社会内の子どもじみた「ストーカー物語」にすぎず、小説としての奥行きや広がり、さらにフィロソフィーさえも感じられない。鼻につくような会話や無媒介に使われる数々の「業界用語」には著者の経験世界の狭さを感じさせられる。「あとがき」なども全く蛇足で、それは独りよがりに堕した著者の気負い以外の何ものでもない。奇しくもその「あとがき」で著者は小説の才能がなくて文学研究者を目指した旨を告白しているが、まさにそのとおり、小説家には不向きであることを本書が証明してしまった。出版社もただ著者の知名度のみで出版したのではないか。やはり著者は評論家たるに留まるべきことを示した一冊である。ちなみに私は著者の評論は嫌いではない。 仮借なく愚を描く
著者は人間の愚かさを仮借なく描き切ることに成功している 「悲望」の方は、『もてない男』増補版に収録したらいいと思う
書名にもなっている「悲望」と、「なんとなく、リベラル」の2作が収められている。何しろ著者はあのコヤノだし、帯にも「実録東大ストーカー物語」(当然、『東京大学物語』を意識してる)とあるので、ほぼ事実に違いないと期待させるが、実際に読んでみても、特に「悲望」はソノママって印象。学者の世界は経歴から個人を特定しやすいし、読者も学界ゴシップに興味津々の層だろうから、やっぱスキャンダラスだろうと思う。モデルにされた方は、たまったもんじゃないよネ。 「小説は美しければいい」と断言した三島由紀夫、的視点からみれば、
芥川賞候補になるには、最低でも梶井基次郎の『檸檬』を読んで「美文」と感じ取るだけの「文学性」を身に付けていなければならない、という一つの基準がある。『檸檬』を三度読んでも一向に「美文」とは感じなかった私でさえ、「いくらつきあいがあるからといって『文学界』はないだろう」と苦笑した。 恋愛弱者のバイブル
これほどまでに赤裸々に男の片思いを描いた本があっただろうか。それが「文学」かどうかは別として、恥も外聞も捨てたキレイごとのない(恋愛弱者の)男の本音100%の直球である。この点では『布団』以上であろう。そのあまりの露骨さ、独りよがり具合にこの本で描かれるような経験の無い、すなわち恋愛弱者でない男女は読むと不快な気持ちになるかもしれない。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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