日本語は、こんなにすばらしい言語です
雑誌「文藝」2003年秋号に、「川上弘美は翻訳できるか」と題して、柴田元幸が寄稿している(柴田元幸は村上春樹と「翻訳夜話」などを出版しているほか、多数の翻訳がある)。本当に、川上弘美の作品には翻訳不能と思われる日本語が数珠繋ぎに現れる。そしてその効果たるや、作者の個性を余人から隔絶させるほどの力である。この作品では初期作品に比較して、はるかに作者の実力が向上しているため、とりわけ作者の日本語の面白さを堪能できる。この作品の内容をひとことで説明しようとすると、確かに文庫の裏表紙や、先述の「文藝」にある「全著作ガイド」のように、何ともドロドロとした恋愛小説みたいな紹介になってしまう。だから、読む前の私はこの作品から「引いて」いた。しかし、実体は違う。現実世界からちょっと位相のずれた世界で生きている登場人物たちの漂うような、しかし確固たる個性をもった生き方の、妙にリアルな生活感。超自然の出来事の、物語内部における必然性。また、結構シビアな心理事情でありながら、それを記述する明快であっけらかんとした文体。それは日本語を母国語とする者にしかわからないような微妙なニュアンスに満ちていて、日本人に生まれて日本語を解しうることの喜びを感じさせてくれる。確かに川上弘美は翻訳不能である。