大きな秘密、小っちゃな秘密
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人には誰でも秘密がある。森家にも鴎外にも、そして鴎外の子供たちにも。
明治6(1873)年のキリスト教禁制解除前後の出来事として、以下の悲劇が進んでいた。それがキリシタン「浦上四番崩」れだ。四番崩れは浦上村の隠れキリシタン約3,400人を総流罪とするという空前絶後のもので、その主だった信者153人は津和野藩に配流された。そこでは転宗を強いる拷問や虐待が待っていた。
藩の典医である森家も何らかの関わりがあり、父と1872年(鴎外11歳)に上京前の鴎外も口外を堅く禁じられた。森家の秘密だ。
その後外国からの抗議でキリスト教徒への弾圧が終わり、亡くなった91名を除いて津和野から長崎に返された。また全体から見ても浦上に帰ったのは約半数の1,930人のみであった。鴎外も津和野の恥部については生涯一言一句触れることはなかった。 また鴎外は晩年決して医者に診せようとはしなかった。最後に親友賀古鶴所の忠告を受け、身内同様の医者に見せはしたが、死因『萎縮腎』を装った。肺結核であったことが公表されたのは没後32年を経てからだった。それは肺病の親を持つことは子の行く末に差し障りがあるためだ。
本書で末っ子「類」も書いている、「晩年鴎外は子供を近くに寄せ付けなかったこと、もちろん、臨終の席にも」。
そしてさらに本書で、鴎外の子供たちの小っちゃな秘密へと続くのである。
著者「類」の幼年時代、少年時代の懐古場面では、昔の懐かしい自然の中での生活、遊び、それから調度品の全てが、私の幼少年時代の季節の色、香り、風の感触、道端の草花、路地の水溜りなどを想起させた。さすがに俥屋、足袋屋はなかったが。
とにかく一気に読ませてもらった。
“不肖の子”
森家の子供達は皆大変個性的である。“世間一般”という意味を理解しながらも、それにあわせて生きようという気があまりない人達である。時折そのギャップに苦しみながらも、発するルサンチマンには何か妙なユーモアがあり、不思議な魅力がある。茉莉、杏奴、類、三人に共通するもの、それは父・鴎外との濃密な愛情で彩られた子供時代である。(長男・於菟の場合は少し異る。そこにはまた違うドラマがある。)
夜中に子供の便所に付き添い、その後始末をしてくれる父。仕事中でも来客中でも、そばに行けば膝に抱いてくれる父。大好きなその父を十一歳で失う。
残されたのは悪妻として世に知られる母・志け。家族は世間から孤立する。 偉大な知性と愛情と!で知られる夫を持った母親への同情が美しく、胸を打つ。べたべたと情愛を表現する事のなかった母が死ぬ間際、不自由な身体で精一杯息子を抱こうとする姿は、志けの人生そのものを暗示する。
類は家族間の揉め事を書く。その結果の姉弟喧嘩まで書く。自分の気持ちを丹念に拾いながら、決して悪びれず、飄々と、書きたいことを書く。不肖の子と自らを位置付ける者の密やかな強さが滲む。